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ゲイバーアンビシャスへの再来前日譚11
「恋を知ると、そういう顔ができるようになるのね。驚きだわ」
「大嫌いと言っておきながら、どうしてに嬉しそうに笑うんだ?」
忍の表情を見て、高橋は眉間に皺を寄せた。喜ばれるような発言をしていないのに、目の前の表情についてどれだけ考えても、答えのかけらすら浮かんでこなかった。
「そんなふうに見える? 実際は困っているのよ」
「何に困っているんだ?」
「だっていつものアンタなら、愛だの恋だのそんな話を耳にした途端に、否定していたでしょ。くだらないって」
「確かにな」
ふらつく足どりを隠そうと、背筋を伸ばして重心を下ろした。
「私の言った言葉を否定しないで、笑ったことにツッコミされるなんて思いもしなかったの。だから、いつものペースを崩されて困っているわ」
「……胸に穴が開く思いを知ったら、どんなに辛いことに直面しても、やり過ごすことができるんだな」
いつものペース――かなり昔の話を持ち出されて懐かしく思ったせいか、今の現状をぽろりと口にした。
「アンタ、いったい何してんのよ? らしくなさすぎて、お節介したくなっちゃうじゃない」
ショッキングピンク色の唇を突き出しながら告げられる言葉に、へらっと笑って肩をすぼめてみせた。
「普通に仕事をしてるだけだ。お前のお節介はウザいから、謹んで遠慮させてもらう」
「相変わらず冷たいわね。そのほうがアンタらしいけど」
胸の前で腕を組み、苛立った口調で告げられたセリフだったが、頼もしい元恋人の姿を見て、高橋は頼まずにはいられなかった。
「はるくんによろしく……。なんて彼に迷惑か」
「健吾――」
「じゃあな」
「お願いだから!」
金色のドアノブに手をかけた瞬間、涙を声にしたように忍は呼んだ。どこか必死な雰囲気を感じて、渋々振り返る。
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