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ゲイバーアンビシャスへの再来前日譚19
「安心してください、俺は医者です」
美麗な医者は柔らかく微笑んで安堵感を与えつつ、高橋が掴んだ手を外そうとした。
「それなら、ちょうど、よか……た」
「そうですね。救急車が来るまでの間に、できる限りの応急処置をさせていただきます」
若い医者の笑顔につられて笑いかけながら、外されそうになった手にぎゅっと力を込めた。
「このまま、何もせずに見逃してく、れ」
「はい?」
「好き、なヤツがいるここで、逝きた、ぃんだ。頼む……」
唖然とした若い医者の顔から、頭上にある下弦の月に視線を向けた。か細い光加減が、最後に青年が高橋に注いだ優しさと比例しているように感じた。
「同じ、月を見ているだろ、うか」
「好きな人がいるなら、尚更生きなくちゃ駄目ですよ」
「ハハッ……。残念なが、ら片想い、なんだ。永遠に叶うこと、のないもの……さ」
「永遠に叶うことのない片想い――」
高橋の言葉を聞いて、若い医者の顔が先ほどまで浮かべていた温和なものから、暗く憂鬱なものに変わった。
「見目麗し、い君でも、片想いをするもの、なのか」
応急処置の動きを止め、高橋に手を握られたままでいる当惑した若い医者に、優しく語りかけた。すると何かを言いかけて口をつぐんだ後に、か細い声で言葉を紡ぐ。
「誰だって片想いのひとつやふたつくらい、普通にするものではないでしょうか」
苦しげに吐き出されるセリフで、若い医者は高橋の気持ちを共有してくれることを確証した。
「だったら俺の気持ち、が分かるだ、ろ? 最期の望みを聞いては……くれ、ないか。少しでも彼の存在を感じなが、ら死にたぃんだっ」
肩で息をしながら喘ぐように告げられた言の葉に、悲痛な面持ちをありありと浮かべて、躰を一瞬だけ震わせる。
「それは……」
「周防、何をしてるんだ。一刻を争う事態なんだぞ。どけっ!」
中年の男性が高橋と若い医者を繋いでいる手を無理やりに引き離し、間に割り込んできた。
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