63 / 66

ゲイバーアンビシャスへの再来前日譚20

「御堂先輩……、あの」 「お前、自分の心の弱さを、こんなタイミングで晒してる場合じゃないだろ。素人が見ても、危ない状態だっていうのが分かるだろ?」  中年の男性は若い医者を怒鳴りながら上着やシャツを脱がし、手早い所作で怪我をしている箇所を入念にチェックしていく。 「傷が浅いお蔭で出血量は少ないが、数が多いな……」 (俺のせいで、彼が叱られてしまった――)  腕を伸ばして若い医者を捜したら、あたたかい手がすかさず高橋の手を捕まえるなり、ぎゅっと握りしめてきた。 「周防が今みたいに患者に寄り添って、治療がしたい気持ちも分からなくはない。だがな今は緊急事態、そんな優しさは必要ないんだぞ。そればかりに囚われていたら駄目なんだ。医者として助けなきゃいけない義務が、目の前にぶら下がっているんだ!」 「…………」 「済ま、ない。先輩に叱ら、れてしま……ったね」  若い医者に対して振りかざした自分の我儘に傷つき、泣きぼくろを涙で無駄に濡らしちゃいけないと考えて、きちんと顔を見ながら謝罪を口にした。 「俺の我儘の、せいで、君を――」  高橋がかけた言葉に、若い医者は泣き出しそうな顔をしながら唇を噛みしめ、ふるふると首を横に振った。 「お願いですから諦めないでください。運命の人は、この世でひとりとは限らない。俺がそうだった、きっと巡り逢うことができるから」 「そう、なのか?」  躰に受けた無数の傷よりも、若い医者に握りしめられている手のほうに痛みを感じた。 「はい。生きていれば、必ず出逢うことができます。だから……」  自分の傍にいるのに、若い医者の声がどんどん小さくなっていく。頭の先から、すーっと血の気が引いていくのが分かった。 「最期にもう一度だ……け、俺に向かって微笑む、彼の笑顔が見、たかった」  さっきまであたたかみを感じていた握りしめられている手も痺れて、何も感じない。 「駄目だ! このまま逝かないでくれ!」 (はにかむように柔らかく微笑む、はるくんに伝えたかったな) 「アイシ、テイ……ル」  若い医者の手を握りしめる高橋の力が、ふっと抜け落ちた。

ともだちにシェアしよう!