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別離5

「なぁんて言ってみたけど、ごめん。分かってる、君の黒い部分を引き出すようなことを、わざと言ってしまって。綺麗な君を、貶めたくないのに……」  後悔の念が、涙という水分にじわじわと変わっていく。 「石川さん?」  高橋の瞳に涙が溜まっているのを目の当たりにして、青年は口を開いたまま、顔を凍りつかせた。  そんな高橋の対処に困ったのだろう。首を動かしながら辺りを見回していたが、やがて上着を掴んでいる手を使って、背中を撫で擦りはじめた。  これまで何度も凌辱した、自分に優しく接する青年の行動に涙が止まらず、高橋の頬を濡らしていく。  互いに肌を合わせていたときよりも、布越しの今のほうが、温もりを感じることができた。表面上だけかもしれない青年の優しさだったが、それが嬉しくて堪らなかった。 「君が好きになる相手は間違いなく、幸せになれるだろうな。はるくんの中にあるあったかいことを知れば、きっと手放せなくなる。これから出逢う、心から愛した人と、一緒に幸せになれよ」  涙ながらだったが、最後には笑顔で告げた高橋を、青年は何も言わずに聞き入った。  その後馴染みの店に連れて行き、店長に青年の相談相手になってくれと頼み込んだ。頭を下げた高橋に店長は二つ返事で了承し、緊張している青年と仲良くなるべく、和やかな会話をはじめる。  そんなふたりを、ハイボール片手にじっと眺めた。自分には見せない笑みを時折湛える、青年の顔を忘れないように、脳裏にしっかり刻み込む。  店を出てから交わされた、ふたりきりで逢うことはない永遠の別れの挨拶をした高橋に、顔色ひとつ変えずに青年はあっさりと別れた。  自分に背を向けてどんどん距離をとる躰に、そっと右腕を伸ばしてみる。振り返らずに暗闇の中を歩いて行く青年の姿が、拳に隠れるくらい小さくなった。それを掴むように、ぎゅっと握りしめた。 「俺のことは忘れて、幸せになってくれ。はるくんの幸せが、俺の幸せになるから……」  高橋の願いは誰にも届かず、闇夜に吸い込まれて儚く消え去ったのだった。

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