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ゲイバーアンビシャスへの再来前日譚4
「あ~もぅ! いつもならしない失敗をしたり、準備に戸惑ったりしたのは、疫病神のアンタが来ることを表していたのね。ムカつくわ!」
筋肉質のごつい躰を覆い隠すワインレッドのワンピースを翻しながら、他にも何かぶつぶつ文句を言い続ける。ほどなくしておしぼりと小鉢を手にして戻ってくるなり、乱雑にそれらを置いていった。
「ハイボールを頼む」
「はいはい!」
「綺麗なメイクができるというのに、どうしてそんな中途半端な顔を晒して、わざわざ笑いをとっているんだか。もったいない」
店の開業当初はそれなりのメイクをして、顔だけは女になりきっていたはず。だが青年を紹介するために来店したときには、崩れた状態と称してもいいくらいのメイクを施していた。
あまりの変貌ぶりにそのとき訊ねられなかったことを、高橋は思いきって口にしてみた。
「仕事のかけ持ちが忙しくて、メイクまで手が回んなくなっちゃったのよ。それに、笑いをとってるつもりはないんだからね」
忍は相変わらずプリプリした表情を崩さずに、カウンターで頬杖をついた高橋を食い入るように見つめる。
「セミロングのかつら、ちょっとだけズレてるぞ」
「嘘っ!?」
「嘘だ」
頭に手をやり、どこかに向かいかける慌てた横顔を見ながら、本当のことを言ってやった。
「本当にアンタ、昔から変わらないのね。誰のせいで、私がこんなふうになったと思ってんのよ」
睨み殺すような眼差しから逃れるべく、目の前から視線を外し、渡されたおしぼりで両手を拭う。
「私の恋心を思う存分に利用して、好き勝手やって飽きたらポイ。そんなことをされたら、誰だって人間不信になるわよ!」
「……尻から太ももにかけてのラインの色っぽさは、忍が一番だった」
「ふんっ! 今更持ち上げたって騙されないわよ」
内に秘めた怒りを示しているのか胸の前に腕を組み、鼻の穴を広げた状態で見下ろしてくる視線に合わせた。
「傷つけて悪かったな」
高橋の告げたセリフを聞いた瞬間、小さな瞳がこれでもかと大きく見開かれた。
「健吾、何を言ってんだよ。お前はそんな奴じゃないだろ」
組んでいた腕が力なく解かれて、躰の脇に控える。珍しいものを発見したような驚きを表す忍に向かって、糸のように目を細めながら苦笑いを浮かべた。
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