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ゲイバーアンビシャスへの再来前日譚9

 短いやり取りの中から高橋の心情を聞いた忍が、青年のプライベートを思わず漏らして、ハッとした顔になった。 「やっぱり変わらないな。詰めの甘さが端々に出てる。その化粧と同じだ」 「ガードが固いままじゃ、口説く男が大変でしょ。中には物好きがいるものよ」 「それって俺のことか?」  高橋が吹き出しながら指摘すると、肩をすぼめて首を横に振る。 「過去の男なんて知らないわ。これから口説いてくれる男について語ってみたのに」 「目の前にいるバケモノを、俺は口説いた記憶はないけど」 「健吾みたいな男に引っかかったことは、私の中で黒歴史になってるんだからね。出逢いたくはなかったわよ!」 「夢なら良かった?」 「そうね、だって夢なんだもの。目が覚めたらそれでお終いなんだから」  忍の言葉にゆっくりと目を閉じて、青年との日々を思い出してみた。  ただ弄ぶためだけに彼を騙した挙句の果てに、写真を撮って脅した。高橋の与える苦痛と快感を躰に教え込ませるべく、嫌がる青年との濃厚な行為は、脳裏に刻まれる強い記憶だったはずなのに、今はすべてが夢の中の出来事のように、儚いものに変わっていた。  牧野からのプレッシャーや恐喝が、高橋の中にある悦びを色褪せたものへと変化させた。 「確かにそうだな。夢なら、こんな思いをせずに済んだはずなのに――」 「珍しく意見が一致したわね」 「ああ……」  タンブラーの中身を、一気に飲み干した。ハイボールの旨味とともに、レモンの酸味も瞬く間に消えてなくなった。

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