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5.伯父と甥の夏休み【後編】
一週間後、数多は家に帰らなかった。着替えを取りに戻る予定だったが、その必要がなくなった。灯が洗濯機を使わせてくれたのだ。なので数多はそのまま継続して灯の家に滞在を続ける。その間もちろん宿題もやりながら。後半は伯父に誘われて釣りに行った。数多にとっては初めてのことだった。父親は出不精で、休みの日は昼過ぎまで寝ているので滅多に出かけない。遊園地に数回連れて行ってもらった程度だ。
灯の車で近くの釣り堀にやって来た。
「数多くん、餌触れる?」
「なんとか……」
「付けてあげようか?」
グロテスクな餌を前にして尻込みしている数多を見て灯は言った。数多はぎゅーっと固く目を閉じて見えないようにしながら餌に向かって手を伸ばす。恐る恐る伸ばした指先が餌に触れた。
「……っっ!?」
目を剥いてその悍ましい感触に必死で耐える数多。その間噴き出す汗、汗、汗。
「がんばれ、数多くんっ」
灯の声援。数多は薄目を開けて鈎に餌を取り付け、それが付いた竿をひょいと振って、水面に糸を垂らすところまでやってミッションクリア。虚空を仰いで「はあ……」と大きな嘆息一つ。すっかり憔悴した虚ろな目をした。
「大丈夫?」
「なんとか……」
すっかり元気を失った数多を見て、灯は吹き出すように鼻から笑声を漏らした。
「伯父さんはよくこんなグロテスクなもの触れますね。気落ち悪くないですか?」
「気持ち悪いよ」
「なのによく触れますね?」
「そのうち慣れるよ君も。グロテスクなものには日頃から見慣れてるはずだから」
「?」
一瞬伯父が何を言っているのかわからなかったが「君にも付いてるだろ」と言われその意味を理解した数多は
「ああ」と言って苦笑した。
帰宅した数多はほんのり日焼けしていた。息子がちょっと男らしくなったように見えて母親は喜んだが、 もしかして外で遊んでばかりいたのではと訝る。一応宿題は全部終わらせていたようなので、その心配はないようだったが
「え、どういうこと?」
思いもよらぬ爆弾宣言が息子の口から飛び出して、母親は困惑した。
「高校卒業したら、家出て就職する」
数多がそう言ったのだ。
「大学は行かないの?」
「行かない。大学ってこれから就職したい奴が行く所でしょ? 就職したら行く必要ないし」
「そうだけど……」
母は納得しかねて反論の言葉を探す。しばし唸ってから言葉を継いだ。
「でも、どこに就職するつもり?」
「灯伯父さん所の会社で働く」
「高校卒業してすぐの子が働ける所なの?」
「学歴は問わないって」
「うーーん、でもそこに就職できなかったらどうするの? その時のこともちゃんと考えてる? 大学に行くなら援助するつもりだったけど、行かないなら何もしないわよ」
「うん」
「卒業まであと二年あるんだから、もう一度よーく考えなさい」
「うん」
「もう~、「うんうん」しか言わないけど、本当にちゃんと考えてる?」
「考えてるよ」
ふてくされたような顔をする息子を見て「もう~」と母親は困ったような顔で笑った。
「就職したいのはわかったけど、住む場所はどうするの?」
「伯父さんとこで暮らす」
「おじさんって、お父さんの従弟の灯さんのこと?」
「うん」
「伯父さんに甘えるつもり?」
「甘えるっていうか、そうしようって伯父さんと相談して決めた」
「まったく、あの“伯父さん”はあんたに何を吹き込んだんだか」
母親が呆れて大きく嘆息する。
「灯さ……伯父さんのことを悪く言わないで!」
「?」
突然息子が大きな声を出したので、母親はポカンとした。母親を鋭く見据えて息子の数多が言葉を紡ぐ。
「一緒に暮らそうって、“僕たち二人で相談して決めたことだから”」
「?」
母親は度肝を抜かれて固まった。これではまるで、これから番にでもなることを決意した恋人同士の宣言みたいじゃないか、と。
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