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3.「自己主張」という名の化学反応。

 夏休みが近付く頃も伯父とのラインのやりとりは続いていた。何回か家にも行き、同じ時間を共有した。伯父が庭で育てているハーブの収穫を手伝ったり、他はだいたい一緒に家か映画館で映画鑑賞をして過ごした。母親が変わり者と評していた伯父の灯は、数多には人畜無害なやさしい人にしか見えなかった。家庭菜園のことでも、古い映画や音楽のことでも、その他数多が知らないことをなんでもやさしく手ほどきしてくれる。数多はそんな伯父がすっかり大好きになっていた。 「夏休み一杯、灯伯父さんの所に居ることにしたから」  7月に入ってすぐのことだった。夕飯の支度を手伝う傍ら、母親に向かって数多は言った。研いだ米を容器に移し、水を足して炊飯ジャーにセットする。アラームが鳴ってセット完了。  冷蔵庫から食材を取り出しながら母親が言った。 「夏休み一杯って、そんなに居たら伯父さんに迷惑でしょ?」  数多は即答した。 「伯父さんにそうしなさいって言われたから」 「?」  母親は思いっきり首を傾げた。怪訝そうに顔の中央に皺を寄せる。 「言われた?」  あの伯父(息子の)はいったい何を考えているんだ? そう疑っているのか。否、その矛先はまず息子の数多に向けられた。 「伯父さんの所へ行くとか行って、本当は別の所に行こうとしてるんじゃないでしょうね?」 「例えば?」 「女の子と旅行に行くとか」 「僕にそんな相手がいると思う?」 「……っっ」  思わず言葉に詰まる母親。 「それか、伯父さんの所で宿題もやらずに遊び惚けようとしてるとか!」 「信用ないんだね、僕」 「とにかくっ、夏休み一杯は駄目! いくらなんでも長すぎ」 「前半だけならいい?」 「……うーーん、しょうがないわね~」  唸っている途中、母親はあることに気が付いた。あれ、これって息子のはじめての自己主張なんじゃ? と。次の瞬間彼女は両手を広げ 「数多~~!」と息子を抱き締めた。息子は甘んじてそれを受ける。腕は下ろしたまま。母親が興奮して叫ぶ。 「初めての自己主張? 反抗期? わがまま? なんでもいいや! 数多、よかったね~! 反抗期おめでとう~!」  それは違う気がしたが、とりあえず本人が幸せならと、黙って喜ばせてあげることにした数多だった。  息子の変化を母親はたいそう喜んでいたが、父親はもともとそのことをそんなに気にしていなかったのか反応は薄かった。実際息子に目に見えるような変化があったわけではない。相変わらず飄々としているし、感情表現が豊かになったり、反抗的にもなっていない。学校でもそれは同じだった。黒目勝ちな瞳をくりくりさせて、相変わらず小動物のような数多のことを一部の女子が「かわいい~」ともてはやす。照れるわけでも喜ぶわけでもない数多だった。  変わったのは学校から帰った後。ラインする相手ができたこと。基本、電話はしない。この方が話しやすかった。多分相手の方も同じだろう。二人はそっくりな性格なのだから。  何回かまた家にも行った。付き合いは浅いものの感性が似ているのか、伯父の趣味も抵抗なく一緒に楽しめた。伯父に教えてもらった映画や音楽もいつの間にか自分も好きなものになっていく。伯父とは空気が合う。呼吸が合う。肌が合う。何もかも。

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