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第5話 『白い蛇神さま』①
僕は水上龍一郎。職業は物書き。
年齢は、多分二十四か二十五になるはず。はずって言うのは、僕が施設育ちで誕生日が分からないからなんだけどね。
自慢にもならない程度のささやかな霊感があって、時々不思議な体験をするものだから、それをネタにしてオカルト小説を細々と書いている。
本の売れ行きはまだまだ若手ってところだけど、一応なんとか生活できてるよ。
今日する話は、白い蛇神さまの話。
白蛇は神様の使いだって昔から言うけど、中にはエロくて困ったやつもいる。僕の所へ来た奴も、そういう困った蛇神さまだった。
ホテルの会場の片隅で、僕は一息ついて椅子に腰を下ろした。
今日は出版社の創立記念祝賀会。ありがたいことに僕もお招きいただいて、自分じゃ来れないような高級ホテルでご相伴に預かってる。
食事は美味しくていいんだけど、普段自宅に籠りきりでほとんど出かけることもない僕には、この大人数と一緒にいることが疲労のもと。担当さんからは、少しは外に出て刺激を受けるように、なんて言われてるけど、あの部屋で生活すること自体が色々と刺激的だから、そもそも外に出る必要がないんだよね。
滅多に口に入らない高級なお食事も堪能したし、関係者へのご挨拶も済ませたから、本音を言えばそろそろ退散したかった。
連れてきてくれた担当さんに一声かけてからと思って、きょろきょろしていた、その時。
「……水上先生」
後ろから女の人に声をかけられた。
誰かと思って振り返れば、化粧の濃いオバサ……ん、じゃなくて、ミステリー界の超ベテラン作家、御木本先生がそこにいた。
僕は飛び上がるように椅子から立ち上がり、慌てて腰を直角に折って挨拶した。この年代の人たちは礼儀に厳しいからね。
同じ出版社から本を出しているとはいえ、あちらは二十年選手の大御所ベストセラー作家さまで、僕はとってもマイナーなオカルト小説家。ご挨拶に行くのも憚られる格差社会なんだ。
……ん? 待てよ、じゃあなんで僕は声をかけられたんだろう。
その理由はすぐに判明した。
「先日、水上先生の新作を拝見しました。あの捨てても捨てても戻ってくる人形のお話にも、なにか基になった実体験がおありなんですの?」
薄笑みを浮かべて探るようなその様子に、僕はピンときた。どうやら先生には何かお困りごとがあるらしい。
僕にちょっとした霊感があることは、編集部の間では知られた話で、時には呪いの品を処分してくださいと持ってこられることがある。
いやいや、拝み屋じゃないんだから除霊とかはできません。可燃ごみ若しくは不燃ごみとして捨てるだけですよ、とは言うんだけど、それでもいいって言って持ってくる人は後を絶たない。
「はぁ……まぁ」
明言を避ける僕に、御木本先生は案の定手に下げた紙袋をグイと押し付けてきた。
「実はこれも、捨てても捨てても戻ってくるんですの」
紙袋の中には布地に包まれた何かが入っているようだ。……まさか、またアンティーク人形か。
思わず引っ込めようとする僕の手を取って、御木本先生は田舎のオバチャンも顔負けの強引さで紙袋を握らせようとしてくる。ああ、失礼。田舎のオバチャンの方が万倍マシだ。今先生が押し付けようとしているのは、お菓子でもお土産でもなく、厄介ごとなんだから。
「どうか先生のところで処分をお願いいたします」
ほら、やっぱり。
お断りしたいけど、必死のオバサ……大先輩の頼みをうまく躱せるほど、僕は場数を踏んでない。
専門家じゃないですから責任は持てませんよ、とか言う前に、御木本先生は「よろしくお願いしますね」を連呼してあっという間に去って行った。まぁしょうがない。僕如き若輩者がオバサン先生に太刀打ちできるはずがない。
どうせゴミの日に出すだけの話だ。一応、戻ってくるなとは言い聞かせるけど、戻ってきちゃってもお気を悪くしないでくださいね。
僕は会場の片隅にあった椅子に腰かけて、まずは中身を確かめるべく、紙袋から布に包まれたものを取り出した。
大人の掌二つ分くらいの大きさのそれは、やたら硬くてずっしり重いので、少なくともアンティーク人形じゃないことは確かだ。なんだか上等そうな光沢のある布に包まれてる。
膝の上に置いて何気なく布を解いていった僕は、全貌が露わになった途端、それを誰にも見られないよう慌てて布で包み直した。回りを窺いながらグルグル巻きにして、素早く紙袋に叩き込む。
一瞬見ただけだけど、泥や埃で汚れたそれは、勃起した股間にそっくりのオブジェだった。
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