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 綺麗で可愛いものが好きな眞白は、そこらへんの親衛隊よりも綺麗で可愛い所が揃った書記様親衛隊の隊員たちが不安げにしているのを見るたびに苛立ちが増していくのだ。  イライラしている自分に、周りがビクビクしているのも気に食わない。  今の学園は、どこにいても気持ちが休まらなかった。 「いっそ、転校……」  ブツブツと独り言を呟きながら、校舎裏にあるレンガ道を歩いていく。  花壇は美化委員会が筆頭に庭師たちが整えている。  季節によって色を変える花々は眞白も気に入っていた。  山ひとつを所有する学園は幼稚舎から大学院までエスカレーターで進学することができる全寮制男子校。  山奥の校舎には中等部と高等部の校舎があり、つまるところ、思春期の男の子が山奥の学園に詰め込まれているのだ。思春期に同性だけで過ごすのだから、恋愛対象は同性になるのは当たり前。  親衛隊も、恋愛が変化していった一種だ。  あるいは恋。あるいは敬愛。あるいは尊敬。親衛隊に所属する理由は様々だが、親衛対象の生徒に対して何かしらの感情を抱く生徒たちがお互いを牽制するために親衛隊は作られる。  眞白も、書記様親衛隊に所属していなければ副会長と同等かそれ以上の規模の親衛隊が作られていただろう。  大きな校舎の裏には豊かな森が広がっている。  舗装された道を進んでいくと、大きな植物園と閉鎖された時計台、今は使われていない旧校舎があった。  植物園は生徒会長親衛隊が占領しているし、時計台は入り口自体に鍵がかけられている。  必然的に、向かうのは旧講堂だ。  校舎から一番遠いが、わざわざ旧校舎まで歩く生徒もいないだろうと見越してだった。  ――古ぼけた外観の旧講堂の扉はギィギィと鈍い音を立てながら開いた。鍵はかかっていない。  うっすらと白く埃が溜まったフローリングだが、その中に真新しい足跡を見つけて肩をすくめた。  話が通じる相手なら良いんだけど。  もし不良のたまり場になっていたら一貫の終わりだ。話題の強姦被害者となっておしまい。  もし、そんなことになったらさっさと舌を噛み切ってやるが、相手の股間を潰す勢いの気兼ねで行きたいものだ。  開けたエントランスホールから足跡はホール内へ続いている。埃をかぶったソファーを横目に見ながら、ホールへ続く扉を開けて、隙間から体を滑り込ませた。 「よぉ、お嬢さん」 「ッ!?」  横から伸びてきた腕が眞白の細い柳腰を掬う。 「今は授業中だろ。イケナイ子だなぁ」  低く、耳ざわりの良い声が耳元で響いた。  吐息が首筋を掠め、不快感が増す。 「僕はお嬢さんでもなければイケナイ子でもない。さっさとこの腕を離してくれる」 「それは無理な話だ。俺のテリトリーに入ってきたのはお前だろ。テリトリーに入ってきたの獲物を捕食して何が悪い」  傲慢不遜もいいところ。  愉悦を含んだ声色に眉をギュッと顰め、腰をがっしりと掴む腕に爪を立てる。悪趣味な生徒によって、綺麗に整えられた桜貝が容赦なく不審者の腕に突き刺さる。 「まるで子猫ちゃんだな」 「ッ馬鹿にするのもいい加減に……!」 「だが、そんな強情な所も可愛いな」  首筋を、べロリと生暖かいしめった感触が這う。  背筋が粟立ち、唖然とした眞白は腕を大きく振りかぶって不審者の顔を狙うも、いとも簡単に防がれてしまった。  男にしては華奢であるが、大人しくヤラれるつもりもない。股間を潰す気兼ねで、だ。  掴まれた手首をひとまとめにされ、頭上に引き上げられる。  そこで初めて、不審者の顔を見た。 「ははっ、お転婆なのもなお良い」  鋭い八重歯。鋭い瞳は色素が薄く、彫りの深い顔立ちも相まってハーフのように見える。眩い金髪から覗く耳たぶにはシルバーのピアスがシンプルに飾られていた。  美的感覚の研ぎ澄まされた眞白が見惚れてしまうくらいには、不審者の顔は整っていた。  精悍で端整な顔立ちは、彼の性格を表すかのように凛としていて、大きな口元が笑みに歪められると鋭い歯が覗いた。  指定の校章がついたワイシャツを着ているのを見れば学園の生徒だろうことはわかったが、ネクタイを締めていないので学年が分からない。  眞白をすっぽりと包み込んでしまえる体格で、一学年とは考え難い、恐らく三学年だろう。  同じ学年ならどこかで一度見ていてもおかしくないが、これだけ顔が整っている生徒を忘れるなんてことなかなかできる事じゃない。 「……風紀委員を呼びますよ」 「俺が風紀委員だと言ったら?」 「すぐにバレる嘘をつくなんて、貴方の脳みそは虫と同じなのかな」 「ひでぇいいようだなぁお嬢さん」  美女と野獣、赤ずきんと狼のようだ。捕食される側と捕食する側。  この男は絶対的強者、上に立つ者としての風格がある。  なにか格闘技でもやっているのか筋肉がつき、均整の取れたがっしりした体格に、眞白より頭二つ分高い背。  両手首は大きな手のひらでひとまとめにされて逃げることは敵わない。  色の薄い瞳は肉食獣のように鋭く眞白を捉えている。 「お嬢さんじゃない」 「お嬢さんみてぇな面してるからなぁ。その顔じゃあ高等部に進学してから苦労しただろ」 「貴方には関係の無いことだよ。それに、僕は立派な男だ。女扱いなんてまっぴらごめんだね」  声に滲んだ嫌悪に、目を丸くした男は何が面白いのか喉を転がし嗤った。  悪魔の哄笑より邪悪な笑い方に内心ドン引く。  容姿だけを見て、女扱いしてくる奴は多い。見た目で判断する愚かで無礼者には苛烈さをプラスして追い払ってやるのだ。  そうすれば、大抵の奴は顔を引き攣らせて去っていくのに、この男は興味心を募らせて瞳を光らせるのだ。  生徒会役員にも引けを取らない自信があった眞白は、初めて勝てないと、他者に大して思った。 「……いい加減に、」 「まるで虫を誘う誘蛾灯だな」  ポツリ、と呟かれた言葉に閉ざした口を、ぱくりと食べられる。 「!?!?」  柔く、赤い唇に吸い付かれる感触に目を見張り、一瞬抵抗すら忘れてしまう。 「ッは、な、ぁっ」  いつの間にか背中は壁まで追い詰められ、体を押し付けられる。  背が大きければ、不審者野郎のほうが足も長く、ふとももの間に膝が割り入れられた。緩く、膝が揺れて性感が高められていくのも腹立たしい。  健全な男の子が性器を弄られて感じないわけがない。  羞恥心と苛立ちで顔が赤くなる。キスなんてしたことない。呼吸の仕方なんてわからない。  いつまでも離れていかない男に、酸素を求めて薄く開いた隙間から熱く滑った肉が入り込んでくる。 「ンッ、ぅん、ふぁッ」  上顎を撫でられて、くすぐったい感触に気の抜けた声が溢れていくのを止められない。  懸命に酸素を求めて口を開けば、舌が絡み合う水音が嫌でも耳に入った。 「ぁ、も、息できなッ」 「――はッ、キスで溺れそうだなぁ」  透明の糸がふたりを繋いでぷつりと途切れた。  新鮮な空気を求めて、大きく呼吸をする眞白は自然と男の胸にもたれかかっていた。  衣服越しでも聞こえる、大きな心臓の音。少し鼓動が早いのが、なんだかこの男らしいと思えてしまった。 「名前は?」 「ッへ、んたい野郎に教える、名前なんか、ない」 「気丈だな。だが、それがかえって俺みたいな変態を興奮させるんだぜ」  するりとリボンタイを抜き取られる。  まぶたに口付けられ、涙の滲んだ目尻を吸われた。こめかみ、頬、鼻先、と順番にキスが降り、無防備な細い首筋に男は噛み付いた。  まるで吸血鬼のように、ガジガジと首筋に噛み付く男に抵抗なんてできるわけない。  もしかしたら人間の皮をかぶった化物で、自分はここで文字通り食べられてしまうのだとおかしな想像すらしてしまう。  せめて、声を漏らさぬようにと口を引き結ぶ眞白を面白そうに目を細める。痛みに歪める表情はいやらしく、男の欲を誘う顔だ。  艷やかな黒檀の髪に白濁をかけてやりたい。赤い唇にペニスを突っ込んでしゃぶらせてやりたい。  そう思わせてしまう色香があるのだ。 「今日はもう帰るといい」  くっきりとついた噛み痕を名残惜しげに舐めあげる。パッと、手を離せば、バチンっと頬に衝撃が走る。  ぽかん、と。間抜けに口を開けた顔すらかっこいいなんて不公平だ。  つい手が出てしまった。大きく振りかぶった手のひらは、変態野郎の頬を見事に打ち鳴らした。 「ッ貴方に言われなくったって! こんなとこ二度とくるもんか!」  平手してしまった勢いで啖呵を切り、踵を返して旧講堂を飛び出した。 「またな」  言われて、襟に手をやる。  噛まれたところはジンジン痛みを訴えているし、リボンタイは変態野郎に取られたままだ。  ネクタイもあるが、あれは自分には似合わない。奥歯を強く噛み締めて、後ろを振り返り睨みつける。  ひらひらと振られる手のひらには青いリボンタイが握られていた。

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