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 神出鬼没の風紀委員長。  公式の場で壇上に上がるのはいつも風紀委員会副委員長だ。  集会に姿を現さず、教室にも行っていない。しかし寮部屋はもぬけの殻。  いったい何処に――それが、旧講堂である、らしかった。らしい、というのは眞白がいまだにあの変態野郎が風紀委員長だと認めていないのだが、旧講堂が風紀委員長のテリトリーというのはもはや公然の秘密だった。  知らないのは、他人に興味のない生徒(この場合は眞白のことを差す)ぐらいで、誰も口に出さないが旧講堂に近付こうとする無謀な生徒はいなかった。  いつ導火線が切れるかわからない次元式爆弾とはよく言ったものだ。  昨日は、機嫌がよかったのだろうか。  口には出さないが爆発しなくてよかったと心底安堵する。  千十代、と言われて真っ先に思い浮かぶのは北のほうで最大の勢力を誇る極道一家だ。  風紀委員長がその「千十代」なのかはわからないが、両親や教師から「千十代には関わるな」と言われては何か関係しているのだろうと勘付いてもおかしくない。 「実は旧講堂を根城にしているのは風紀委員長以外にもいるとかないんですか?」 「あはは、疑り深いね。あるわけないよ。風紀委員長は他人がテリトリーに入るのが嫌いな方だからね。雪美くんも、興味本位であそこには近寄らないほうがいいよ」  苦虫を噛み潰した。  ぜひ行く前に知りたかった。知っていたら、行かなかったのに。  記憶の中の鋭い瞳が眞白を射抜く。  首筋の痕を隠すために貼っているガーゼが痒い。ボタンを全部留めて、ネクタイを締めなければガーゼが見えてしまう。  掴まれた手首にもくっきり赤い手のひらの痕が残っているのだ。腹立たしいことこの上ない。 「あ、もしかして、言うの遅かった?」 「……そうですね。つい、昨日、行ったばかりです。あの男が風紀委員長なのかはわかりませんけど、二度と顔も見たくないです」  語気を強くして語る眞白に目をまたたかせて苦笑いする。  本当に、この後輩は好き嫌いが激しい。  今飲んでいる紅茶だって、先月入隊したばかりの一学年生徒が手ずから淹れた紅茶じゃなければ一口も飲まないのだ。  気に入ったらずっと好き、嫌いになったらずっと嫌い。  社会に出てから苦労するだろうに、後輩といったらあっけらかんと開き直って、「そうなればパトロンを探すのでだいじょうぶです」と何一つ大丈夫じゃないことを言ってのけた。 「でもリボンタイ取られたんじゃないのかい?」 「……あとひとつ、予備があるので」  ムスッと口を噤んでしまう。かなりご立腹みたいだ。 「じゃあ、シメジ茸と風紀委員長、どっちが嫌い?」 「茸野郎」  ついに茸呼ばわりになった。  名前の原型もなくなるくらい、転入生はお気に召さないようだ。  隊長も、愛しの書記様に引っ付く菌類なんて大嫌いだ。  好きの反対は無関心だが、無関心になんてなれない。存在が憎いし、同じ空気なんて吸いたくない。  それくらい、春川姫路が嫌いだ。大ッ嫌いだ。  コンクリートに詰めて日本海に沈めてやりたいくらい気に食わない。  だが、隊長の茸に対する嫌悪を上回る感情を抱える眞白は、何処にぶつけたらいいのか八つ当たり先を常に探している。 「テリトリーに入って、殴られなかったなら大丈夫だよ。リボン、早いうちに返してもらいな。いくら予備があるとは言え、ネクタイつけてるってことは予備は使いたくないんでしょ。雪美君はリボンのほうが似合うよ」  はんなりと笑う隊長殿に心の中で恨み言を連ねる。  他人事だと思って簡単に言うが、殴られはしなかったけど食べられたのに! 未遂だけど! ファーストキスだったのに!

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