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無意識に、赤い舌先が唇を濡らす。
ふとした動作が、他者の欲を煽っていることに気づいているのだろうか。
ここには書記様を慕い、書記様しか見えていない生徒しかいないからいいものの、一般生徒の前でそんなことをしたら襲われても文句を言えないのを、この後輩はきちんと理解しているのだろうか。
書記様親衛隊は比較的小柄で華奢な生徒が多く所属している。
その中だと高身長の部類に含まれるが、運動神経を母親の体内に忘れてきたのかと言いたくなるくらいの運動音痴で、襲われたら太刀打ちできないだろう眞白を「副隊長様に何かあっては!!」と隊員たちが自主的に眞白の周囲を警護しているのだ。
親衛隊に所属しようと、容姿の整った生徒を邪な目で見る生徒は多い。
細くしなやかな手足。美少女と見紛う横顔。不機嫌な顔が時折見せる綻んだ笑み。
本人が無意識だろうと、指先一つ動かすのに色香がまとわりつく。
下心に溢れた野獣から、副隊長様をお守りするのは同じ親衛隊に所属する隊員の役目。
隊長たる自身にも、時々警護の隊員が付いているのには気づいていた。
「リップクリームつけたら?」
「え? どうして?」
「しきりに唇舐めてるから。乾いてるのかなって。じゃなかったら無意識? やめたほうがいいよ」
「……僕は美しいので、周りが欲を持つのは仕方ないでしょう。まぁ、それを僕にぶつけるというのなら、股間にぶら下がったブツを踏み潰してしまえばいいだけのことです」
そうだった、この子はそういう性格だった。
フン、と鼻を鳴らした眞白はケーキに乗ってるイチゴにフォークを突き刺した。
親衛隊らしくない過激な後輩だが、隊長は性格も容姿もひっくるめて後輩のことを気に入っている。
可愛い後輩が泣くことになったら、本気を出さざるを得ないが、そんなの来ない方がいいに決まっている。
「ッお話し中ごめんなさい! 隊長! とてもマズイことに、」
栗毛の可愛らしい顔立ちの少年が駆け寄ってきた。焦りを滲ませた表情で隊員の少年は隊長に耳打ちする。
「はぁ!? 久栗坂が!? ほんとに!?」
大きく声を荒げた隊長にサロンが静まり返る。
嫌な予感ほど当たるものはない。眉を顰めて様子を伺った。
「……はぁ……皆、久栗坂様がいらっしゃる。至急お茶の用意を。――あと、来客用もひとつ用意して」
久栗坂様――敬愛する、生徒会役員書記の久栗坂匡孝 様。
敬愛する人がいらっしゃる、ざわめき色めき立った隊員たちだったが、来客用のお茶セットと聞いてすぐにまた静かになる。
隠しきれない喜びと不安が渦巻いて、雰囲気は最悪だ。
こんな空気でお茶会を続けても、せっかくの紅茶が不味くなるだけなのに、久栗坂様がいらっしゃると聞いた時点でお茶会がお開きになることはない。
「た、隊長……その、来客用のお茶は、誰に……?」
誰も口に出せないことを、意を決して聞いた隊員にはあとでご褒美をあげないと。
皆が皆、息を顰めて隊長の言葉を待った。
「春川姫路が、生徒会を率いて向かってきているってさ」
諦念が滲んだ声だった。
呼吸をするのも忘れて、静寂が訪れる。
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