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 低い声色でつぶやいたのは茸の後ろを陣取る生徒会長様。  穏健派で健全な書記様親衛隊と、過激派で不健全な会長様親衛隊を一緒にしないでもらいたい。ヤることしか考えてないのはお前だろうが、脳ミソ猿以下か。 「……ふ、副隊長、全部口から出てます……」 「あ、出てた? 聞こえたなら悪いね。でも、全部本当のことでしょ」  隊長に耳打ちをしていた隊員が、血の気の引いた真っ白い顔で囁いた。  小声にするでもなく、普通に、日常会話の音量でつぶやいや眞白は確信犯である。 「シメジ君もさぁ、おんなじこと全部の親衛隊でやるつもり?」 「オレはシメジじゃなくて姫路だ! お前は誰だ! 初対面なら名前を言わないといけないんだぞ!」 「そもそも、僕たち親衛隊は、親衛隊を作るに当たって書記様たちにお伺いを立ててるんだけど?」 「おい、無視するなんてひどい!」 「お前の言葉なんて意味ないの。ちょっと黙ってくれる。書記様が了承したから僕らがいて、会長サマが了承したから会長サマの親衛隊がいる。それをなんで、親衛隊でもなければ親衛対象者様の血縁者でもない赤の他人のシメジ君に、」 「雪美君、スト―ップ。それは僕の役目だからね。大人しくしておいで」  ゆるりと頭を撫でられ、宥められるが目が笑っていない。  隊長のながぁい堪忍袋の緒も、そろそろ切れそうらしい。 「ねぇ、久栗坂様。僕たちは今まで貴方に強制したことはありましたか? このお茶会だって、僕たちが情報交換や隊員の交流のために開いて、久栗坂様が自主的にいらっしゃっていたように思っていたのですが」 「そ、れは、」 「違う! 親衛隊が身勝手で、マサタカの優しさにつけこんでいるんだ! オレはそれが許せない!! マサタカ、ここはオレに任せてくれよ」  なぁにが「任せて!」だ。何一つ任せられない。  妄想と理想がごちゃごちゃになっている五歳児以下の茸にふつふつと怒りが沸く。茹だった鍋に突き落としてやろうか。  好き勝手にくっちゃべる茸に耳を傾けているのは生徒会のみだ。  隊員たちは火の粉が飛んでこないようにサロンの奥のほうに避難して身を固めている。 「……姫、そうなんだ、実は、俺、お茶会なんて毎週毎週行きたくなくて」  喚き散らす茸と、それを微笑ましげに見つめる生徒会。アホらしい。  そもそも、姫ってなんなんだよ、本当にいい加減にしてくれ。どこからどう見ても、タワシみたいなモサモサ頭に、漫画でしか見たことがない瓶底眼鏡。むしろそのメガネで見えているのか疑問だ。  成長を期待してか、すこし大きめのジャケットは意図せず萌え袖みたいになっているのもムカつく。  ただのお戯れだと信じたかった。だけど、書記様が茸を見つめる瞳には確かに恋情が宿っている。  こんな、お化け茸に負けたのか。この僕が! 「――……あーあ、あっきれた。僕、こぉんな阿呆の副隊長やってたんだ」  失望と落胆、そして嫌悪。  とても冷たく、凍えた声がサロンに響いた。  誰かの唾を飲む音が聞こえる。  爛々と輝く蒼い真珠に、呆然とする書記様が映り込む。今更そんな顔したって遅い。もう決めた。もう辞める。 「ねぇ、隊長、僕、脱退しまぁす」  紅茶、ありがとう、美味しかったよ、と淹れてくれた隊員の頭を撫でて立ち上がった。  毒を撒き散らす茸の横をすり抜けて、喧噪を離れていく。  後日、書記様親衛隊が強制解散させられたと聞くことになったが、眞白は「ふぅん」と、吐息をひとつ漏らすだけだった。

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