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03*風紀委員長様と副隊長
学生の本文とは勉強である。部活動にあまり力を入れていないこの学園は放課後になると途端に人気がなくなり、どこもかしこもし埋まり返ってしまう。
ひっかけサンダルでペッタペッタと廊下を歩く千十代朔太郎は、階段の隅で蹲る血統書付きの猫を見つけた。
「よぉ、子猫ちゃん。捨てられたのか?」
「……うるざい、ぼ、ぼくは、変態強姦魔の貴方を、ふ、風紀委員、長だなんで、みどめない、がらっなっ!」
「おうおう、何処のどいつに泣かされた? 綺麗な顔が台無しじゃぁねぇか」
「僕は泣いてでも綺麗なんだよぉ」
両膝を抱え、額を押し付けたままの眞白の声は気丈さの欠片もなく震えていた。
「俺がずっと待ってたってぇのに、お嬢さんはどこぞの馬の骨に泣かされてんだよ」
呆れた声色に、小さく蹲る肩が震えた。
男にしては情けない、華奢な体躯。白い花の顔 は冷たく冴え、紅要らずの唇は男の欲情を煽る。
学園の生徒は馬鹿ばかりだ。教師も阿呆鳥の集まりだ。
石ころの中から、宝石の原石を見つけたようだった。
だがしかし、原石はすでに持ち主がいた。至極残念で、原石の持ち主は宝石を所持していることに気づいていないものだから買い付けもできなかった。
でも、その原石が捨てられたら? そこらへんの石ころ同然に蹴り飛ばされていたら?
「捨てられたんなら、拾ったモン勝ちだよなぁ」
「な、にが……?」
「なぁ、書記の野郎に捨てられたんだろ? 雪美眞白。生徒会書記の親衛隊副隊長ってのには驚いたよ。お前は親衛隊が作られる側の生徒だろうって思ってたからな」
「……貴方には、関係ない」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら顔を上げたかわい子ちゃんの目は真っ赤に充血している。
これが恋なのか、愛なのか、朔太郎にはさっぱり分からない。
ただ漠然と胸で思うのは、この綺麗で美しく可愛い存在を抱きしめてやりたいと、駆られる衝動だ。
部下に調べさせた。
色白で華奢で、花の妖精みたいな容貌、艶やかな黒髪に蒼い瞳の別嬪さん、といえばすぐに名前が分かった。生徒会書記の親衛隊副隊長。成績は優。運動神経は下。少々性格に難有りの、それなりに優等生。
実家は代々、大病院を経営しており、三人兄弟の真ん中。三つ年下の弟も学園の中等部に通っているのかといえばそうじゃない。実家が経営する系列の都内の中学校に通っているじゃあないか。ここらへんで、調書を読みながらおかしいと思い始めた。
妾の子ども、らしい。
「なぁ、俺のところに来いよ」
「……貴方のところに行って、僕に何の得があるっていうの」
「あるさ。むしろメリットだらけだ。教室には行かなくていい、落ち着いた生活ができる。あの宇宙人と顔を合わせなくていいんだぜ。最高じゃないか」
「……それは、最高だ」
クスッ、と泣き崩れた笑顔を浮かべた眞白に心のどこかでホッとする自分がいた。
初対面でお気に入りになったのは自分でも理解しているが、泣いているのを慰めるほどお人よしじゃあなかったはずなのに、蒼い目が溶けてしまいそうで見ていられなかったのだ。細く華奢な肩を抱いて膝裏に腕を差し込んだ。
「ちょ、っと! 何を」
「いいから黙ってお姫様扱いされてろぉ。くしゃくしゃの顔、ほかの奴らに見せてぇのか?」
グッと言葉に詰まり、深く息を吐いた。どうせ何を言ったって聞きやしないんだろう。それなら馬車かなにかと思って運ばせてやろう。感情を爆発させて、疲れてしまった。
「着いたら、教えて」
何処に向かうかも言っていないのに、腕の中のお姫様は体を預けて目を瞑ってしまった。
なんとも自由なお姫様である。
弱っているに漬け込んだ自覚はあるが、こうも簡単に懐くとは思いもしなかった。ぐすぐすと鼻をすすって泣き崩れた顔もそそられるが、花の顔 にはやはり笑顔が似合う。
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