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玄関扉を開けて外へ出れば、玄関横のベンチに朔太郎が座っていた。なんだかムカついて肩に拳をぶつける。
「いった」
「……なにしてんだァ?」
子猫に引っかかれたかのように、びくともしない朔太郎は不思議に首を傾げた。なぜ殴ったほうがダメージを受けているんだ。
待ち合わせしているわけじゃないのに、いつからか、休日の朝、眞白がカフェへ行こうとすると朔太郎も着いて来るようになった。
好きなものを好きになってもらえるのは嬉しい。
美味しいものを食べていると幸せだ。だから、朔太郎が着いて来るのも許容している。
「おはよう、眞白」
決して、絆されたからじゃない。
鋭く尖った表情が、甘さを含んでとろける笑みを浮かべる。
自分より幾分も高い背の筋肉質な男に対して、不覚にも可愛いと思ってしまったなんて、断じて無いのだ。
「……おはようございます」
「寝不足か? 隈が薄くできてる」
かさついた親指の腹が目の下をなぞる。「触んないでよ」と振り払おうとした手を掴まれて、厚い胸板に引き寄せられた。
柔軟剤の香りが鼻先をかすめ、ほのかな甘い匂いがする。
十秒というたった短い時間。
簡単に腕を振りほどける力で抱きしめられる。もはや日課になりつつある朝の朔太郎の異常行動だ。
ただ抱きしめるだけ。抱きしめられるだけ。セクハラでもしてこようものなら社会的に抹殺するものを、ただ背中に腕を回してぎゅうぎゅうと抱きしめてくるのだ。
人形か何かと勘違いしているんじゃないだろうか。
初めはもちろん抵抗した。
上背が頭二つ分も違う男に敵うはずもなく、今ではされるがままだ。
たった十秒と言うが、抱きしめられる方にしてみれば長い十秒だ。ただ黙って、口を結んで耐えるなんて拷問に等しい。
「なぁ、眞白。キスしてもいいかァ?」
間近で蒼い瞳を覗きこまれる。
色素の薄い瞳のグレーは、美術の時間で見た色相図鑑に載っていた。名前はなんだったろう、ただの灰色でも、白色でもなかった。けれど、その色を見た瞬間に思い浮かんだのは朔太郎の瞳だった。
朝日を受けて金髪がキラキラと輝いている。光に透けると白金にも、黄金にもなるその髪は染めているのではなく自前だそうだ。
――だから、羨ましいほど輝く金髪に目を奪われていたとか、朝だからまだ頭がぼーっとしていたとか、言い訳ならたくさんある。
気づけば、近づいていた整った顔。口を塞がれて、たっぷり五秒。
上唇を食んで、まぶたにキスを落として離れた朔太郎に、眞白は朝早くだというにも関わらず怒声を上げた。
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