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モーニングセットを二つ。飲み物はホットコーヒーとアイスティーで。
「泣くほど怒らなくたっていいだろぉが」
「う、っるさい! 変態ッ痴漢ッ! 強姦魔!」
「男なんて皆変態だろ。痴漢なんてしてないし、強姦だなんて人聞きの悪い。合意だったじゃねぇか」
時刻は八時半。カフェ内に客は二人だけ。
店員のお兄さんが心配そうに二人をカウンター内から見つめている。痴話喧嘩だろうか。
キツくつり上がった目尻からボタボタと涙を流す眞白の頭を撫で繰り回す。癖の無い絹糸の黒髪が指の隙間から零れていく。
寮の前で怒声を上げ、腰を抜かしてしまった眞白を抱き上げてカフェまで連れて来たのは朔太郎だ。
ちなみに怒声は「ファーストキスだったのに!!」だ。
まさか、この学園に幼稚舎から在籍していて、眞白ほど綺麗な男の子がキスをしたことがないなんて思わないじゃないか。ついでに、もっとしっかり味わっとくんだったと後悔した。
「えーっと……お待たせしました。モーニングセットです」
自分の店なのに、居心地が悪そうに現れた店員に少しだけ申し訳なく思う。
花の妖精のように綺麗な男の子は常連さんで、見ているだけで目の保養になるのだが、最近は友人(?)を伴ってお店を訪れるようになった。
友達いたんだ!? という心の声が漏れていたのか、気まずそうに会釈した雪美君が忘れられない。
仲が良いのか悪いのか分からない二人でカフェに来てくれるようになってから早数週間。今日が一番驚いた。
お姫様抱っこで来店するなんて、驚きもいいところ。
「喧嘩したの?」
「……朔太郎が悪いんだよ」
「無言は肯定っていうじゃぁないか。ねぇ、店員さん?」
グレージュの瞳に映った自分と目が合う。
シャープな輪郭の、ここ最近で一番男前だと思った男の子だ。狼みたいな、絶対強者の笑みに、「あ、牽制されてる」と理解した。
仲の良い先輩後輩なのかと思っていたが、少しばかり違うらしい。泣きながら怒る雪美君の様子から、男前な彼の片思いなのだろう。
人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んでしまうのだ。
「どうぞごゆっくり」とだけ告げてさっさとカウンター内に撤退した。気になる二人だが、大きい彼の方がとっても怖い。
触らぬ神に祟りなし。薮をつついて蛇を出したくない。突かなくても鬼が出てきそうである。
「……朔太郎の馬鹿」
「そんなに嫌だったのかよ」
ふてくされた低音に、ホットサンドに向けていた視線を上げる。不思議な色合いに瞳はまっすぐに眞白を見つめていた。
「嫌とか、そういうのではなくって。情緒とか、雰囲気とか……キスって、好き同士でするものでしょう」
「俺は眞白のことが好きだぜ」
「……好きとか、信じられない。そんなの一時の気の迷いでしょ」
恋は怖い。愛は恐ろしい。
どこかで震える心を、紅茶を飲んで落ち着かせる。
蒼い目が翳りを帯びる。窓から差し込む光に霞んで、消えてしまいそうな儚さがあった。
時々、浮世離れしすぎていて、いなくなってしまうんじゃないかと不安になる。ある日突然いなくなって、初めからいませんでした、と言われても信じてしまいそうな、危うさが眞白には付きまとっていた。
朔太郎の実家は古くからある由緒正しい家柄で、迷信やら神様やらを信じる年嵩の親族がたくさんいる。
そういった年配の人たちから、やれ神隠しやら天狗やらと話を聞かされていた朔太郎にしてみれば、眞白はとても神様好みの青年だった。
消えてしまわないように、さらわれてしまわないように手を繋いで引き止めないと。そう思わせる雰囲気なのだ。
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