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 時計は朝の七時半を指している。そろそろ眞白が寮を出る時間だ。  起きてすぐに顔を洗って歯も磨いていた朔太郎は、後は制服に着替えるだけだ。授業を受けに登校する眞白にお供しよう。  さっさと制服に着替えた朔太郎は、学生証と携帯をスラックスのポケットに突っ込み、サンダルを引っ掛けて部屋を出た。  ぱらぱらと朝の早い生徒が校舎へ向かって歩いているのを見ながら、眞白の部屋がある寮に向かって歩く。  途中、すれ違う生徒が「おはようございます」というのに対して手を振った。 「おはよう、眞白」 「朔太郎も、おはようございます」  この花のような青年は、友を連れ立って歩いているのを見たことがない。  透の話だと、クラスでも浮いている存在で、いわゆる高嶺の花、簡単に話しかけられる人ではないとのことだ。 「毎日、よく飽きないよね」  気づけば、眞白から敬語は消えていた。  分厚い壁が薄くなったように感じられて嬉しかった。 「朝に眞白に会えれば一日頑張れるからなぁ」 「……そ、う」  照れたのか、赤い唇を尖らせた眞白は薄紅の頬を赤くして目を伏せる。 「キスしていいか?」 「ダメ。……って言っても、するんでしょう」  諦念を浮かべて溜め息を吐いた眞白は、立ち止まって顎を上げた。目を瞑り、唇を差し出してくる眞白にごくりと唾を飲む。  触れるだけの、ささやかな朝の戯れだ。  柔い頬に手を添えて、覆いかぶさるようにキスをする。甘い味がする。蜂蜜みたいな、ミルクみたいな味だ。何度も角度を変えて、ちゅ、ちゅ、とバードキスを繰り返した。  学園内では、とっくに付き合っていると噂されている。眞白に事実確認するわけでもないし、朔太郎も聞かれてたとしても否定なんてしない。 「ん、ふっ」  鼻から抜ける甘さを含んだ声にずぐりと腰が重くなる。  ここが外じゃなかったら襲い掛かっていた。理性を試される状況に喉が鳴った。 「ね、ちょ、っと、もう……!」 「ふ、」  顔を真っ赤にして胸板を叩く眞白は眦を赤く潤ませて朔太郎を見上げる。  「唇がひりひりする」と下唇を甘噛みして、指先で触る姿はいじらしい。もう一度、と近づこうとすれば「待て」をされた。 「バッカじゃないの! 日に日にエスカレートしてるし、僕はキスだけって言ったんだけど!」 「だからキスだけだろぉ?」 「なんか、ちがくて、貴方のキスは、……あー、もう! 上手く言えないけど、変な気持ちになるの! 普通にしてくれないなら、もうさせないから」  言いよどみながら、ドンッと胸を叩く手を優しく包み込む。  可愛い、可愛い可愛い! どうしよう、可愛くってしかたないんだが。  ここに透がいたら「雪美が絡むと馬鹿になりますよね」と言われただろう。将来上司になる身としては、いなくてよかったと思わざるを得ない。  眞白が魔性と呼ばれる由縁だが、自身の顔の良さを理解しての言動なのが厄介だ。  あの(・・)千十代朔太郎がたった一人の男子生徒に翻弄されているだなんて、笑い話も良いところで。 「恋なんてくだらない」「愛なんて裏切るよ」と豪語する眞白を攻略するにはどうしたらいいか、三日三晩夜も眠らずに考えた結果、周りから攻めて行くことにした朔太郎は、さすがに襲いはしないが共にいる時は手を繋いだり、朝に抱きしめたりキスをしたりするように心がけた。  嫌がり拒否すると思っていたのだが、思いのほか許容してくれる眞白に脈はあるはず、と自分自身を鼓舞した。  パブロフの犬とでも言うのか、「ほら、早く行こう」と手を差し出す眞白は自分の行動に気が着いていない。  初めは「男同士で手を繋ぐなんて」と苦言を呈していたものの、朔太郎が手を繋がなければ自分から手を繋ごうとしてくるにまで至ったのだ。

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