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 立ち尽くす眞白の手首を赤くなるほど握り締める春川は、一生懸命言葉を紡いでいる。周囲の生徒は顔を顰め、悪意を投げつけている。  害悪が渦巻いて、頭がぐわんぐわんと大きな音を立てて視界が明滅する。 「おい、姫が話しかけてんだから返事しやがれよ、能面野郎」 「リューヤ! そんなこと言ったらマシロが可哀想だろう!」 「ははっ、怒った顔も可愛いな、姫。そいつとは大違いだ」 「こ、こらっリューヤ! 人前だぞ!」  心底、気持ちが悪い。頭の悪い会話についていけない。生徒会長ってこんなに馬鹿だったっけ。  整った顔を歪め、今にも春川たちに食ってかかりそうな双子を目線で留め、回らない頭でぼんやりと状況判断する。  中等部生にかばわれるのはさすがに情けないし、かばわれて、双子が宇宙人に目をつけられたらさすがに可哀想だ。  校舎が違うとは言え、宇宙人なら中等部校舎まで突撃するだろう。 「ねぇ、姫、そんなの放っておいてはやくご飯食べましょう?」 「ミヤビもそんなこと言うなって」  手首はギリギリと痛いし、胸焼けしてるみたいに気持悪い。  せっかく美味しかったオムライスが逆流してきそうだ。 「マシロも! オレたちと一緒に食べよーぜ!」  床に散らばった食器が見えないのだろうか。溜め息を吐いたら胃の中のものをぶちまけてしまいそうで、ぎりっとキツく口元を引き結ぶ。  お昼時の食堂には大勢の生徒が集まっている。いつもだったら一般生徒にまぎれた風紀委員がすぐさま駆けつけてくるのに、業務に終われて昼食もとる時間がないほどだ。  巡回も少人数で行っており、今この場に風紀委員はいないのだろう。  現実逃避気味に落として割れてしまった食器を片付けないとなぁ、とせめて散らばった破片を集めようと、掴まれた手首を無視して床に指先を伸ばした。 「マシロってば!! オレの話聞いてんのかよ!!」  ドンッ、と。癇癪を起こした子供に突き飛ばされる。  なんだかデジャビュだ。というか、最近殴られたり突き飛ばされたり散々じゃあないか?  ――きゃぁ、と男子校にあるまじき黄色い悲鳴が上がった。  背中を押され、前のめりに倒れた両の手のひらが火で炙られているかのように熱い。 「雪美センパイ!!」 「大丈夫ですか!?」 「――ぁ、」  ようやく、頭が追いついてくる。突き飛ばされて、ガラス片が散らばった中に倒れたのだ。制服で覆われた部分は無事だが、反射で前に出した両手がガラス片の中についてしまった。  突き刺さる痛みと熱に、急激に頭が冴えてくる。  ふつふつと湧き上がる怒りに、目の前が眩しかった。  双子の心配する声が遠い。周囲のざわめきが壁を通して聞こえる。 「ま、マシロ、オレ、そんなつもりじゃッ」 「――気持悪いなあ」  純粋な、嫌悪が固まった言葉に、春川は動きを止める。一瞬で、ざわめきたっていた食堂内は静まり返った。 「自分の非を認めない、なんて薄汚い根性なんだろうね。自分が一番。自分が中心! 世界で一番お姫様なんて勘違いでもしているのかな! 心底!! 気持ちが悪い!! 結局、君は口先だけなんだよ。中身が伴っていない。五歳児以下。むしろ、幼稚舎の子供たちのほうが頭が良いだろう。よく、この学園に編入できたね。それだけ君は天才なのかな? 幼稚舎から、初等部から、中等部から頑張ってきた子たちよりも頭が良いの? 僕には到底思えないね」 「マシロ、」 「虫以下が僕に話しかけないで」 「ッ、お、オレ――」  伸ばされた手を、振り払う。  手のひらに深く食い込んだガラス片から真っ赤な血が滴った。 「オレは虫じゃない!」 「虫みたいな見た目が何を言っているの。もじゃもじゃの、黒光りする髪なんて不潔そのものだろう!」 「これは、ち、違うッ! これはカツラなんだ!」  はぁ!? と素っ頓狂な声を上げた眞白、否、大勢の生徒たちの前で、春川は黒髪をガシリと掴んでずるりと取った。  黒い髪の下から現れたのは、眩いばかりの金髪。青空を映した瞳に、つるりと滑らかな白い頬。  美少女と見紛う、確かに「姫」の名が相応しい顔立ちが露わになった。 「これだったらいいだろ!? オレ、超可愛いんだよ! だからカツラかぶって、顔隠して……! これなら、マシロの隣にいたって」 「だからなんだっていうの」  絶対零度の声色に、今度こそ春川は言葉を失う。虫けらを見る、恐ろしい目だ。 「君の容姿なんて関係ない。皮が変わったって、中身が同じじゃあ、どうしようもないだろう。皮が変わって、中身も違うんだったら少し考えてやってもいいけれど――僕、君が心底気に入らない。気持悪い。殴られて、倒されて、挙句の果てに怪我までさせられて。これでどう許せる? ふふっ、僕、聖人君子でもなければ神様でもないの。仏の顔も三度までって言うけど、そんなに優しくない。だからもう僕に近づかないでよ」  いつもの声を荒げて喚き散らされたほうがマシだと思えてしまうくらい、静かな声色だ。  感情がない、起伏を感じさせない一定の声音は、周囲で聞いていた生徒まで震えてしまうほど恐ろしかった。  風紀委員が到着したのはそれから五分後だ。  屈強な体格の風紀委員に連れて行かれる春川と、抗議する生徒会長と副会長。そういえば、会計と書記の姿が見えなかった。  

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