35 / 47

034*春川姫司の恋慕*

   真っ暗な室内に、キラキラと金髪が輝いた。母さんは天使のようだと言った。  固く瞑ったまぶたに隠れた青い瞳は、空を映しているようだと父さんは言った。  大事に大事に、可愛いねと言われて愛されて育った姫司にとって、雪美眞白の、あの目は忘れられなかった。  思い出すと、背筋が震え、体の中が熱くなる。目元が潤んで、吐息が溢れた。触るな、と。話しかけるな、と。今まで言われたことのないキツい言葉を投げつけられた。リューヤたちは「あんなのの言うことなんて気にするな」と慰めてくれるが、どうにもあの感覚を忘れられない。  ゾクゾクと、稲妻のようなものが体中を駆け巡ったのだ。 「……眞白」  カーテンが締め切られた暗い室内の壁一面には、たくさんの写真が貼られていた。  横を向いている写真。後ろ姿。上から撮った写真。中には着替え中の写真も貼られていた。その全てに共通するのは、全て目線がズレているのだ。  白い花の顔。艶やかなぬばたまの髪。蒼い瞳はお揃いだ。ゴミのように蔑まれ、虫けらを見る目で見られたことなんて、今まで一度もない。母さんに怒られたことすらないのに、美しい彼は声を荒げて怒鳴って、笑みを浮かべたのだ。  以前は、ミヤビとも違う綺麗で美しい人という印象で、ただ仲良くなりたいだけだった。それがいつしか、あの華奢な手を握りたい。絹糸のような髪を梳きたい。まろい頬は柔らかいのだろうか。けぶる睫毛を食んでみたい。――同性に向けるにはとうていおぞましい、欲を抱くようになった。 「眞白ッ……!」  鍵をかけた部屋の外にはリューヤたちがいる。きっと、謹慎処分を受けてショックを受けているだろうと心配をしているのだろう。  前だったなら、「心配かけてごめんな!」と一言くらい声をかけていた。そんな余裕なんてどこにもない。  部屋着のズボンはパンツと一緒に足元に落ちている。布団の中で息を乱して手のひらで肉棒を扱き、脳裏に描くのは蔑んだ目をした眞白。  俺はホモじゃない、とかさんざん言っていたのに。頭に思い浮かぶ美しくて可憐な人に会いたくてしかたがなかった。  第一印象が、綺麗な怖い人。第二印象は、過激な人。ツンと澄ました表情で、冷たい眼差しを向けてくる。常に隣には大きな三年生(風紀委員長とリューヤは言っていた)がいて、彼がいるとなかなか近づくことができなかった。  怪我をさせてしまった。綺麗な手のひらに傷が残ったらどうしよう。責任、取るしかないよな。  ティッシュの中に吐精して、大きく息を吸い込んだ。丸めてゴミ箱にポイっと捨てて、ぼんやりと黒い天井を見上げる。どうしたら眞白はオレのことを好きになってくれるだろう。付き合いたい。恋人になりたい。綺麗なあの人の隣に並びたい。オレ以外が並ぶなんて、考えたくない。  リョーヤは、きっと協力してくれない。眞白のことを毛嫌いしてるところがある。ミヤビはどうだろう。穏やかな性格だし、ミヤビも綺麗なものが好きだって言っていた。協力、してくれないだろうか。  姫司は、両親に大切に囲われて愛されて育った。親から愛されないのは可哀想。愛されないのは可哀想。リューヤに、眞白のことを聞いたとき、純粋に可哀想だと思った。親に愛されないなんて、可哀想! だから、オレが愛してあげないと。  その感情は恋と呼ぶには暴力的すぎるほどに、荒れた感情だ。 愛されて育ったがゆえに我が儘で。愛を与えてやらないと、と思ってしまう。愛されることは幸せになることだ。眞白が愛を知らないなら、幸せになれない。幸せになれないのは可哀想だ。だから、オレが愛して、幸せにしてやろう!  愛してあげるためには、眞白の隣を陣取っている彼が邪魔だ。  ミヤビと、ほんのちょっとだけリューヤに協力をしてもらって、あとは母さんと父さんに事情を話せばいいだろう。  そうだなぁ、実行するなら、体育祭の日がいいかもしれない。イベントで生徒たちは盛り上がっているし、運動場に全生徒が集まるから、きっとバレにくい。こっそり眞白を呼び出して、幸せにしてあげよう。  体育祭の前日にちょうど謹慎処分が解ける。そうしたらふたりに事情を話せばいい。  謹慎処分で落ち込んでいた気持ちは上向きに、眞白に会えるのが楽しみでしかたなかった。  

ともだちにシェアしよう!