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035*副隊長と体育祭*

   憎たらしいことに、体育祭当日は雲ひとつない晴天となった。部屋の窓際にぶら下がった逆さまの照る照る坊主は効果を発揮しなかった。 「……夕だけズルイ」  ぶすくれた表情で、口をへの字にする眞白の隣にはへらりと笑みを浮かべる夕がいる。日焼けしたくないから、と燦燦と輝く太陽の下でありながらふたりとも長袖長ズボンのジャージを着用している。短パンはなるつもりもないので初めから履いていない。  夕は右腕に生徒会の腕章をつけ、黒い板に書類を挟めて持ち歩いている。仕事をしない生徒会長と副会長の業務を肩代わりしているため、運動場の端から端までえっちらおっちら走り回っていた所だ。生徒会がそんな感じなわけで、夕は競技に参加する暇もなく、特別免除されていたのが眞白は気に食わなかった。それなら僕も免除してくれたっていいじゃないか! 「せっかくの可愛い顔が台無しだよー」 「台無しでも可愛いから」 「まぁ、その通りなんだよねぇ」  クラスに割り当てられたテントの下でのんびりと会話をする眞白と夕だが、運動場のトラック内では中等部生による大縄跳びが行われ、外側では長距離走が繰り広げられている。一クラスの人数が少ないため、クラス競技という全生徒強制参加の競技が二つあるのだが、いい加減やめたらいいのにと思うのは眞白だけじゃないはず。  非難の目を込めて実行委員の夕を見るが、肩を竦められるだけで終わってしまった。 「ところで、忙しいはずの生徒会役員さんがこんなところにいていいんだ?」 「うーん。それを言われると痛いんだけど、他の実行委員の子たちにちょっと休憩してきてくださいって実行役員テント追い出されたんだよね」 「可哀想に。はぶられたんだね。僕の代わりに競技に出てもいいんだよ」 「それはヤダ。俺だって運動嫌いだもーん」  むっかつく。つい舌打ちが飛び出した。こういうとき、役職持ちが羨ましい。体育祭や文化祭での業務が委員会を主体とするために特別免除が許可される。夕の完全免除は、現在の生徒会の状況を鑑みてのことだろう。例外として、朔太郎は風紀委員長でありながらも競技に引っ張りだこのようだが。  燦燦と降り注ぐ太陽と熱気に苛立ちが増す。何が楽しいんだ、こんな暑苦しい行事。 「――ところでゆきみゃん、春川君からなんか接触されたりした?」 「春川? だぁれ、それ」  こてん、と首を傾げた眞白に苦笑いが溢れた。興味のないことにはとことん興味を持たない眞白だ。キノコの宇宙人だよ、と言えばなんてことないように「あぁ、あれ」と呟いた。  昨日から登校しているが、謹慎前とは打って変わって落ち着いた様子なのが気にかかっていた。瓶底メガネも黒いカツラも取っ払った春川は、大人しくしていれば天使と見紛う美少年だ。大人しくしていれば、だ。  被害にあった生徒からすれば、大人しくてもそうじゃなくても憎たらしい奴、で完結するのだが、そうじゃない生徒にしてみれば「ちょー可愛いじゃん……?」となってしまうのである。水面下で、春川の親衛隊を作ろうという動きもあるらしい。  確かに、顔だけは可愛いのだ。顔だけは。  あの顔なら、最初から晒していたほうがこの学園では穏便に過ごせただろうに、なぜわざわざあの格好をしていたのか不思議でしかたなかった。遠目に、一年生のテントを見れば、ちょこんと椅子に座っている金髪が目立っている。両隣には定位置となった会長と副会長の姿も見えた。あそこだけ異様に密集していて暑苦しいのがさらに暑苦しくなる。 「別に、謝りにくるわけでもないし」 「……そう、でも一応、気をつけてね。今は大人しくしてるけど、改心したってわけじゃなさそうだし」  嵐の前の静けさとでも言おうか。百々瀬伝いで、春川が何か企んでいると耳にした。謹慎期間中に、親と連絡を取っているとも。ただそれだけなら良かったのだが、万が一に備えて春川姫司の両親の動きにも注意していれば、かの大病院に連絡をしていることが発覚したのだと。 「……どうでもいいよ」 「どうでもいい、って……そうも言ってられないでしょ。大病院だからって、あの(・・)春川に要求されたら断れるわけ」 「あの人たちはそういうの関係なく、自分たちの利益となるかそうじゃないかでしか物事を考えられないよ。だから、利益がないと思えば断るし、あると思えば受け入れる。そこに僕の意思は関係ないよ」  どうして、眞白は家族が絡むとこうも消極的になるのだろう。普段の苛烈さ過激さを家族にも見せればいいのに。――否、家族に見せられないから、溜め込まれた分が学園で爆発しているのだろう。学園を卒業しても、成人しても、眞白は家族に囚われたまま、自由なんてないに等しい。  彼の風紀委員長は、眞白の現状を知っているのだろうか。知っていたら、きっと怒るだろう。いっそさらわれてしまえばいいのにと、思ってしまう。  クラスメイトとして、友人として、眞白の近しい所にいる夕はつい願ってしまうくらいには眞白のことを心配していた。どうか、このお人形のように美しい子が幸せになれたらいいのに、と。 「あっ、そういえば、今年の女装のラインナップって知ってる?」  暗く沈んだ空気を振り払う明るい声に、下げていた視線を持ち上げる。  バインダーにはさんだ紙をぺらぺらとめくる夕は至極楽しそうだ。 「知らない」 「じゃあ教えてあげよう! なんの女装になるかはくじ引きってのは知ってるよね?」 「……まぁ、毎年恒例だからね」 「今年の女装競争の出場生徒が、わりと顔が良いのが集まっててさ、実行委員がムダに張り切っちゃったんだよ」  その時点で嫌な予感がしない。色物競技で、盛り上がることは間違いなしだが、綺麗どころの生徒はあまり出場しないのが暗黙のルールとなっていた。もし、万が一、間違いが起こってはいけないから。というのも、以前、女装からジャージに着替えている所を、強姦未遂にあった生徒がいた。学年でも一番の可愛い男の子で、女装した姿に我満できなかった、と加害者は言っていたらしい。  わりと筋肉質な生徒が出場して、ぴちぴちのセーラー服を着たり、むっきむきのメイドが全速力で走ったりと、そういう意味での色物だったのだが、今年はどういったわけかとりわけ可愛くて綺麗な生徒ばかりが出場生徒として選ばれる事態となっている。  こういうのは、女装するとは思えないタイプの生徒がやるから面白いのに、女装が似合ってしまう男の子が出場してもガチになるだけで笑えないのだ。 「例年でいくなら、メイド服、セーラー服は鉄板だけど、今年は某アイドルのライブ衣装とかチャイナドレスとバリエーションが豊かになりました!」 「うっわ……誰得だよ……」 「君たちのファン得かな」  女装だなんてどれも一緒だ。そもそも、化粧でもしなければただ女の子の服を着た変態が出来上がってしまう。メイド服あたりだろうか、とにかく、布面積の多い衣装でお願いしたい。 はずれクジに当たってしまえばスクール水着という罰ゲームに近しい衣装も用意されているとか。考えた奴は死んでしまえ。  心の声を感じ取ったのか、「ま、頑張ってね」と他人事のように肩を叩いてテントから出て行った。所詮他人事。来年は絶対に夕に女装をさせてやる。心に強く誓った眞白だった。  

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