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041*千十代朔太郎の告白*

   目を覚ましたとき、朔太郎の寝顔が目の前にあった。叫ばなかった自分を褒めたい。  ジャケットはハンガーにかけられて、ネクタイはサイドテーブルに置かれていた。苦しくないように、と緩められた襟元。  ああ、気を失ったのか、と。目が覚める直前の記憶を手繰り寄せて、一人で顔を赤くする。 「ましろ……起きたのか」  低く、かすれた声にドキリとした。  他人と同じベッドで熟睡するなんて、信じられない。自分自身が、どれほど朔太郎に気を許しているのか自覚してしまう。息が、できなくなりそうだ。  恋なんてしない。愛なんていらない。そう思っていたのに、絆されてしまう。 「もうすこし、ねよう」  低く呟いて、腕を引かれる。  眠気は冷めてしまった。首を横に振って、腕から手を離す。 「ましろ?」  眠そうな声だ。 「……ううん、部屋に帰る」  意識が覚醒してしまう前に、さっさとベッドを降りて、ネクタイを手に取る。 「ダメだ」  耳元のすぐそばで声が聞こえて、後ろから抱きすくめられた。  細い首筋を、冷たい唇がなぞっていく。 「ましろ、行くな」  懇願する声に、抵抗の手を緩めてしまう。まるで泣きそうだ。気を許してしまって、絆されてしまって、これ以上どうしたらいいんだ。  助けられなかった、俺が側にいれば、と、後悔しても遅いのに、時折言葉を零す朔太郎が哀れだった。 「……ましろ、行かないでくれ」  ベッドに押し倒され、キスをされる。触れるだけの、優しいキス。 「さくたろ、……ねぇ、僕はどうしたらいいの」  好きだ。行くな。引き止める言葉に、つい零れてしまった。手を伸ばして、朔太郎の頬に添える。初めて、彼の気持ちにこたえた。  キスの続きを促して、耳の裏を細い指先が辿り、首筋を伝って、鎖骨を掻いた。 「ッ、眞白、おい」  夢現だった声ははっきりしたものに変わり、唇を離した朔太郎は困り顔で眞白を見つめる。なんだか、大きな犬に見えてクスクスと笑いが零れた。 「ねぇ、朔太郎は僕にどうしろって言うの。僕は、顔も知らない婚約者がいて、卒業したらその婚約者に嫁がなくちゃいけない。朔太郎は今年で卒業だ。一緒にいられる時間は、思ったよりも少ないんだよ。それでも、朔太郎は僕のことを好きだと言うの? 学園の外へ出れば、可愛くて美人な女の子がたくさんいるよ。それでも、僕を選んでくれるの?」 「――眞白」 「いいよ、認めてあげる。僕の負け。朔太郎の粘り勝ちだよ」  柔らかい、警戒や緊張の色を一切見せない微笑に朔太郎は目を見張る。 「それでも、僕がいいの?」  泣きそうな表情だった。お前がいい、眞白じゃなきゃイヤだ、子供みたいな我が儘が口をついて出る。  顔も知らない婚約者n譲りたくもない。本当なら、さらって海外にでも逃亡してしまいたかった。  体温の低い、冷たい身体を抱きしめて、キスをする。  拒まれなかった。全てを受け入れてくれる眞白に歓喜する。 「眞白、好きだ」 「……僕も、好きだよ」  こめかみを涙が伝った。 「なぁ、シても、いいか?」 「……僕、初めてだけど」  気まずそうに、気恥ずかしそうに目を逸らした眞白に愛しさがあふれ出る。初めてをもらえるなんて嬉しすぎた。 「優しくするから」  眉を下げた朔太郎の顔が悪い。大型犬の子犬みたいで、放っておけなかった。 「ん、」  啄ばむような口付け。暴漢とも、春川とも違う、優しい口付けだ。プチ、とキスをしながらワイシャツのボタンを外されて、器用に脱がされていく。肌寒さに、鳥肌が立った二の腕を大きな手のひらがなでていった。  あばらの浮いたわき腹を手のひらが這うと、脊髄が痺れた。薄い胸の先についた花色の乳首を指先が悪戯に掻いて行く。爪先で弄られると、言いようのない快感が下腹部に集まった。  胸を弄りながらオナニーをする男性もいるらしいが、眞白は乳首を快感を得られなかったのに、ピン、と弾かれるたびに背中がしなってしまう。  唇が離れて、首筋を舌が這い、胸もとにたどり着いてしまう。女の子じゃあるまいし、と胸を隠そうとした手は簡単に捕らえられてしまった。  ぢう、ぢゅうっ、と赤ちゃんみたいに乳首を吸われる。唾液のぬめりと、時折柔く歯で噛まれるとしっかりと芯を持ってツンと立っているのが自分でもわかった。  羞恥で顔が赤くなる。口元を、手のひらで覆わなければあられもない声を出してしまいそうだった。 「さ、さくっ、もう、そこばっかり虐めないで」 「ふっ……女みてぇに喘いでいいんだぜ」 「ば、ッか!」  つい、手が出てしまった。  バチンッと叩かれた後頭部を抑えて、苦笑いを零す。 「しゃあないなぁ……眞白、引き出し開けて、ローション取って」 「は、ぁ? ローション?」 「バラさねぇと、痛いだろぉ?」  にぃんまり、といやらしい、雄臭い笑みにグッと息が止まる。  痛いのはイヤだ。朔太郎が痛くするとは思わないが、言うとおりに上半身を捻ってベッドサイドの引き出しに手を伸ばす。  その、無防備な真っ白い背中に、ちゅ、ちゅ、とキスを降らせた。たまに強く吸って、赤い華を咲かせていく。男なのにくびれている腰のラインがとってもイヤらしかった。 「背中、綺麗だ」 「……背中だけ?」 「まさか! 眞白は全部が綺麗だよ。顔を赤くしながら聞いてくるところなんか、とっても可愛い」  いつのまにか脱がされていたスラックスを、汚さないようにベッド下に落とす。 「僕だけ……?」 「俺も脱ぐよ」  鍛え抜かれた肉体だ。腹筋は割れていて、薄い腹に柔らかいふとももや二の腕をした華奢な自分とは違う。同性として、憧れてしまう身体だった。 「触ってみる?」と揶揄いを含んだ声に頷いて、指先を伸ばした。  え、と戸惑う声なんて聞こえない。腹筋の溝をなぞり、線を辿っていく。 「ふはっ、くすぐってぇ。眞白、こっちも触って」  手首を掴まれて導かれたのは、熱く滾り起っているペニス。  一瞬、固まったけれど自分でするときのように、親指と人差し指でわっかを作り、怒張する朔太郎の竿を上下に緩く扱いた。 「んっ、」  耳元でかすれる声にドキドキする。僕の手で感じてくれているんだと思うと、嬉しくなった。 「な、ァ、口でシてくれよ」 「口? いい、けど」  口でなんてしたことない。どうすればいいかわからないけど、とりあえず噛まないように、と顔にかかった髪を耳にかけて、大きく口を開けて、頬張った。 「ん、」  舌先を丸めて、喉奥まで飲み込んだ竿の裏筋を舐め上げる。苦味が口内に広がるけど、思ったよりも、抵抗感がない。  じゅる。ず、ず、と溢れる唾液を飲みながら、零さないようにペニスをしゃぶった。  朔太郎のはとても大きくて、本当に後ろに入るのかと不安になった。 「んッ!?」  つぷ、と冷たいぬめりを帯びた太い指先が後孔に入る。  頭を撫でられているようで押さえつけられ、深く咥え込まされた。ずぷ、ぷ、とローションと空気が出て行っては指が入れられて、気づけば一本から二本、三本と指が増えていた。  前立腺、というらしい。男性でも性的快感を得られる場所だ。  ぐ、ぐ、ぐ、と指先が何度もしこり固くなったそこを圧してくる。痺れる快感に、もはやフェラどころじゃない。  涙が滲んで、上目遣いで朔太郎を見る。鋭い瞳に欲を浮かばせ、息が荒い。ごくん、と喉奥の唾を飲み込んだ。  ずちゅ、ずっ、ズッ、と抜かれた指にローションと体液が絡まる。 「ンぐ、っは、ぁ、は、あ、はあ、んんっ、ふっ、」  フェラしたばっかりだから、口をゆすぎたいとか、そんなのお構いなしにキスをされた。キス、お気に入りなのかな。  小さい口をいっぱいに開いて、怒張を咥える姿に興奮した。貪るような口付けをして、空いている手で眞白の半ば起ち上がったペニスをぐにぐにと揉む。  手のひらでまぁるい亀頭を擦り、鈴口を指先で抉ればどぷりと精液が溢れた。 「ッ、ふっ、さく、もう、もう……!」  入れて、としなだれかかった眞白に、はじけ飛ぶ理性を無理やり押さえつける。  開けっ放しの引き出しからスキンを取り出して、荒々しく袋を破りペニスにつける。胸を大きく上下させ、塗れた瞳で見る眞白は、とても可愛い。汗ばんだ肌が手のひらに吸い付いた。  柔らかく白い尻を掴んで、先っぽを押し当てる。  ちゅうちゅうと赤ん坊が乳首に吸い付くように、丁寧にバラされた後孔が亀頭を飲み込もうとする。  ずぷんっ、と。頭だけ入った衝撃に背を逸らす。 「あ、ぁ、あ、ぇ、あ」  喉を見せて、ベッドについていた腕から力が抜ける。  ずずず、ずず、とゆっくりと挿入する朔太郎は、きゅっと締め付けられる感覚にイキそうなのを必死に耐えた。振るえ、汗を落とす背中にぴったりと胸をつけ、ぐっと奥まで入れてしまう。 「ひっ。ぁぁぁあ」 「ましろ、ましろ、気持ちい?」 「んっ、うんっ、きもちーからっ、ね、もうっ」  抜けそうになるときゅっと締め付けられ、深く突き動かせば全身を震わせる。  ずぽっ、ずぽっ、ずちゅっ! 「あっぁぁぁあ!」  甘い声が途切れず溢れ、キスをねだった。  胡坐をかいて座った体勢で、挿入をされると自分の体重でどんどん深く入っていく。ゾクゾクと、肌が栗立ち、池の鯉のように口をぱくぱくとさせた。 「い、ってもいい?」 「ん、もう、もうだめっ、僕も」  律動が早くなる。赤く手の型がつくほど強く掴まれた腰。快楽に素直になると、自然と身体が動いてしまった。  気持ちいいが脳みそを支配して、獣のようにキスをする。ぐりっ、と奥を抉られた瞬間、頭が真っ白になった。 ◆ ◆ ◆  冷えた麦茶が熱を持った体を冷ましてくれる。 「腰、痛くないか?」 「へーきだよ」  バスタオルを首にかけて、朔太郎のスウェットを着た眞白はソファにぐったりと座っている。窓の外は暗く、とっくに学園が定める就寝時間を過ぎていた。 「僕が貴方の恋人でいられるのは、僕が卒業するまでの一年と半年くらいだよ。朔太郎は今年で卒業だから、」 「……じゃあ、俺が向かえに行ったら一緒にいてくれるか?」 「それは――そうだね。僕は貴方といるときが一番安らげるって気づいてしまった。けど、卒業後は違う。僕は婿に行かなくちゃいけない」  イヤだ、と朔太郎は眞白を抱きしめる。困ったのは眞白だ。  イヤだと言われても、眞白にはどうすることもできない。眞白だって嫌だ。ずっと、朔太郎と共にいたい。 「俺のところに婿に来いよ」 「……それは、この国が許してくれないだろ」 「海外に行けばいい」  あっけらかんと言ってのける彼に、口を噤む。家のしがらみから、抜け出す勇気がなかった。 「僕には、できないよ」  ぽた、と雫が落ちる。 「今はまだいい。俺が卒業して、やることやって片付けたら、迎えにいく」  ぎゅ、と抱きしめる腕が強くなる。  だからその時は――。  早鳴る心音に耳を傾け、眞白はまどろみに身を任せた。

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