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「化野」  沈黙を打ち破ったのは、呆れた声音だ。 「せ、先生、どうしたんですか? 今、集会中じゃないの?」 「お前の姿が見えないから探しに来た。生徒会がサボるんじゃない」 「え、えー……? 僕、もう役員じゃないんだけどなぁ」  ひとりごちる夕に、ずんずん近づいてきたのは背の高い厳しい顔付きの教師。記憶にない教師の顔に首を傾げた。 「生徒会顧問の、(いつき)せんせーだよ」 「……あぁ、雪美か。君も、サボっていないで集会に行きなさい」  一瞬だけ眞白を見て、すぐに逸らされた視線。人のことは言えないが、随分と無愛想な教師だ。  眞白も夕も、勝手にサボっているわけじゃない。きちんと担任の許可を取って教室待機をしているのだ。 「新生徒会のことで話がある」 「ゆきみゃんをひとりにできないし、放課後でもいいですか?」 「……子供じゃないんだし、ひとりで平気だけど」 「雪美もそう言っている。化野、来なさい」  有無を言わさない教師の声に、かすかに肩が震えた。襲われた事実を気にしていないとは言っても、恐怖が簡単になくなるわけじゃない。  大きな男の人。荒げた声。かさついた手のひら。それらがダメになってしまった。 「ゆきみ、」  心配げな声。伸ばされた手を振り払った。 「あ、」  振り払って、呆然とする。 「……ひとりにして」 「でも」 「平気。教室からは出ないから」  固い声に、夕は眉を下げて立ち上がる。顔を伏せた眞白にこれ以上何を言ってもムダだ。すぐに戻るから、と言って夕は無愛想な教師と行ってしまう。  足音が聞こえなくなって、ようやく詰めていた息を吐き出した。  振り払ってしまった夕の手の甲、赤くなっていた。罪悪感と後悔が押し寄せる。夕は、友人だ。なのに、影が見えた。視界がブレた。滲んで、重なったのは、下卑な笑いを浮かべた、男たち。  夕の白い骨ばった手と、全然違うのに重なって見えてしまった。  悔しい。過去に、残像に、恐怖に囚われた自分が悔しい。 「眞白」 ぼんやりと、顔を上げる。 「また、悩み事か? 顔色が翳っている」  朔太郎だ。  吊り気味の眉をほんの少し下げて、瞳は感情が爛爛と輝いている。 「朔太郎、僕、夕の手を叩いてしまった」 「なぜ?」 「重なって、ブレて、夕の手が、アイツらの、僕の身体を無遠慮に触る手と重なった」 「……。俺は?」 「え?」と聞き返した眞白の頬に、無骨な手が触れる。柔く、頬を撫でて行く。 「俺の手は、平気か?」 「……平気」 「なら、いいじゃねぇか」  なんにもよくないのに、氷を解かした笑みを浮かべるものだから、どうでもよくなってしまった。  思考がうまくまとまらない。熱に浮かされたような、気だるさがある。 「いい加減、認めちまえよ」 「……何を?」 「俺のこと、好きだろう?」 「……そうだね。そこらへんの人より、ずっと好きだよ」  嬉しそうに目を細める。  ぼんやりと見つめ返してくる、人形みたいに綺麗な眞白。性別を感じさせない、中性的な魅力に溢れた花のような青年が、朔太郎は愛おしかった。 「朔太郎は、僕のどこが好きなの」  不意に口から飛び出した言葉が、音になってから後悔した。聞かなきゃよかった。 「どこって聞かれると困るなぁ。俺は、眞白が眞白だから恋をしたんだ。顔ももちろん好きだぜ。花みたいに整って、咲かせる笑顔は綺麗で可愛い。声も、鈴を転がしたみたいで可愛いし、絹みたいに細くて真っ黒い髪は平安時代じゃあ羨まれただろうなぁ。……顔が好き、って言うと思っただろう?」  う、と言葉に詰まる。たいてい、好きだ惚れただのと言ってくる奴は「顔がタイプ」というのが多かった。  一目惚れだ、と以前話した朔太郎のことだから、てっきり「顔が好き」と言うと思っていたのに、的が外れて唾を飲んだ。  白く滑らかな手が好き。同年代の男より高い声が好き。更けた夜色の髪が好き。透き通る蒼い瞳が好き。見た目にそぐわず、過激な性格も愛おしい。  止まらない声に、顔が赤くなっていく。 「手を差し出せば、握り返してくれるところが可愛い。俺にだけ見せてくれる、柔らかい笑顔が愛おしい」 「もう、もうやめて。よくそんな恥ずかしいこと言えるね」 「顔真っ赤にしながら言っても説得力がないぜ。照れてんだろ、かぁわいいなぁ」  うるさい、と胸板を叩く力は弱い。  怯えないように、抵抗すれば離せるくらいの力で手首を掴み抱き寄せる。とたんに、大人しくなった眞白に口角が上がり、笑みを隠せない。  大人しく、胸に頭を預ける眞白の髪に指を通す。 「眞白、上向け」 「……キス、するの?」  上目遣いに、顎を上げる。  乾いた唇を潤すように、赤い舌先がちらりと見えた。 「ダメか?」 「……ダメとは言ってないじゃん」  伏せた瞳に長い睫毛が影を落とす。  柔い果実にかぶりついた。 「ん、ん、っ」  鼻から甘い声が抜ける。腰を引き寄せられ、貝のように口が合わさる。  薄く開いた唇から、侵入してきた熱い舌が歯型をなぞり、上顎をなぞると背筋がゾクゾクと痺れた。どちらとも言えぬ唾液が口の端から零れて顎を濡らす。  ず、ず、と舌を吸われ、溢れる唾液を飲み下す。 「ふっ、は、はっ」  口を離して、銀の糸がぷつりと途切れる。  顔を真っ赤にして、大きく肩で息をした。  もう一度、と顔を近づけたが、わざとらしく聞こえた足音に後ろを振り向く。 「……お取り込み中申し訳ありませんが、委員長、さっさと雪美を連れて風紀室なり寮部屋なり行ってくださいませんか?」  額に手を当てた百々瀬がいた。その後ろには顔を真っ赤にしたクラスメイトたち。 「あ、見られた」と理解すると同時に、酸欠とか羞恥とかいろいろ考えていたことがごちゃ混ぜになって、眞白は目を回した。  

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