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44*元副隊長様と同窓会*

   年の初め、ちらほらと雪が降る空に、吐いた息が白くなった。  卒業してからはじめての同窓会。同じクラスだった友人とは何度か飲みに行ったりはしていたが、ホテルの会場で学年での同窓会は初めてだった。会わない間に、随分変わった同輩もいることだろう。  化野夕は送ってくれた弟に手を振って、歩き出す。都会の冬は雪が積もらないからとても楽だ。  地元なら、スノーブーツでないと歩けない。雪が積もっていなくとも地面が凍っているから油断も禁物だ。  ホテル・キリシュブリューテ。ドイツ語で桜を意味する。大財閥の桜川原がオーナーの五つ星ホテル。誰の伝手なのかはわからないが、幹事から案内の手紙が届いたときは驚いた。  ラフな格好で、とは書いてあったが、あの桜川原が経営するホテルにジーンズで行くわけにもいかない。おしゃれさんな弟たちに手伝ってもらって、ラフだけど見る人が見ればブランドものだと分かる服装だ。適当にジャケットでも羽織っておけば、と言った夕の頭を叩いたのは双子の下のほうである。  弟の指示で伸ばしている髪は年々色素が薄くなっており、学生時代は染めていた髪も、今では地で薄いミルクティー色をしている。  マフラーを解きながら、受付に行けば、懐かしい後姿がいた。 「とーるちゃん?」 「誰がとーるちゃんだ! ……って、お前、もしかして化野か?」  眦を吊り上げて振り返った艶やかな黒髪の人――百々瀬透は、へらりと笑う夕を視界に納めて目を見張った。 「とーるちゃんは変わんないねぇ! 今、何してるの? クラスの集まりにも全然顔出さないからさぁ」 「若……朔太郎さん、覚えているか? その人の右腕をやっているよ」  ぱち、と目を瞬かせる。  忘れもしない、大切な友人の恋人の名前だ。そういえば、学生の頃も透は千十代朔太郎にゾッコンだった。  何度か行われた三年Aクラスの集まりで、二人だけ連絡がつかないクラスメイトがいた。透と、眞白だ。だから今回も参加しないだろうと思っていた。 「メガネ外したんだ」 「そりゃね。破片が目に入ったら危ないだろう」 「破片? メガネかけたまんま割れるの?」 「避けられなかった場合だけどな」  一拍、沈黙が流れた。  話がかみ合っているようでかみ合っていない。顔を見合わせて二人して首を傾げた。 「ちとよんって何してるの?」 「あー……自由業? 会社経営とか。朔太郎さんは社長だ。秘書みたいな立ち位置で働かせてもらっている」 「うわぁ、同世代で社長とか……」 「化野は何をしているんだよ」  俺? プー太郎だよ、と語尾にハートマークをつけたちゃらんぽらんの頭をぶっ叩いた。編みこまれた髪を崩さないように配慮してちょっとだけ手加減してくれた透の優しさが身に染みる。  プー太郎とは半分冗談で、弟たちが立ち上げたブランドのモデルをやっている。顔は見せない、シークレットモデルだ。決して顔を出さず、名前も明らかにしないのが条件だ。弟たちに養われていると言ってもいい。今日の服だって、弟たちのブランドだ。  日本では知名度は低いけれど、海外では人気があり、有名俳優がお買い上げしてくださったりしている。ユニセックスがコンセプトのブランドだ。 「あー!! 百々瀬君! 化野君! 来てくれたんだね!!」 「わぁ、なつかしー。久しぶりだね、めーちゃん。高校んときから成長してないんじゃないの?」 「久しぶり、東雲。相変わらず元気そうだな」  駆け寄ってきたのは、Aクラスのクラス長だった東雲羊(しののめよう)。羊だから”めーちゃん”。百五十センチもない身長に、ふわふわくりくりの髪に、真ん丸い目。高校生と言われても納得してしまう童顔は学生時代の記憶と違いなかった。あの頃からタイムスリップしてきたと言われても信じてしまいそう。 「化野君は一昨年のクラス会ぶりだね! 百々瀬君なんて卒業ぶりだよー! 久しぶりー!!」  すでにお酒が入っているのか、頬をほんのり赤くして、抱きついてきた東雲を抱きしめ返す。感極まると抱きついてしまう癖は健在のようだ。  我らがクラス長に案内をされて、会場のホールまで行く。同窓会はすでに始まっており、東雲はトイレに行った帰りだった。  学年の三分の二が出席しており、短い期間だったとは言え、人気生徒の一人だった夕は一歩歩くたびに声をかけられた。 「お、くぐりんじゃん、久しぶりぃ!」  元生徒会仲間である久栗坂匡孝は、数名の同輩に囲まれて食事を楽しんでいた。  最後の記憶よりもまた背が伸びており、夕と頭ひとつ分の身長差だ。 「夕、久しぶりだな」 「くぐりんは別クラだから、あんまり会う機会なかったもんねぇ」 「だな。……ところで、あの人は来てないのか?」  そろ、と横目に動いた視線。誰かを探しているのだろうが、あの人とは誰だろう。首を傾げる夕に、言い淀む久栗坂は小さく潜めた声で「雪美眞白だ」と言った。 「ゆきみゃん? ……ねぇ、めーちゃん! ゆきみゃんって来てないのー?」  少し離れたところで談話していた東雲に声をかける。大きい声に慌てる久栗坂だが、関係ない。聞いてきたのはくぐりんだし、勝手に気まずくなってるのもくぐりんだ。 「雪美君? 残念ながら、出欠のお手紙すら来てないんだよぉ! 返ってこなかったってことは届いてるはずなんだけど……」  しょんぼり顔の東雲は同輩たちから頭を撫でられている。二十八歳にするそれじゃないし、完全にマスコットかペット扱いだった。 「そうか」と表情を暗くした久栗坂(含め元Aクラス生徒)だったが、ただひとりは違った。 「雪美眞白なら、来ると言っていたが」  百々瀬透である。  素知らぬふりをしながら、給仕にワインを貰い、一口飲んで集まっている視線にギョッとした。 「えっ、とーるちゃんゆきみゃんの連絡先知ってるの!?」 「ま、まぁ」 「ズルい! 俺にも教えてよ!」 「ぎ、業務上しかたなく、だ。それに、知りたいなら本人に直接聞けばいいだろ」 「その本人と会えなきゃ、」 「聞いてないのか? 今日は行くって言っていたぞ」  聞いてない以前に音信不通だよ!! と叫んだ夕に、しぃんと会場内が静まりかえった。

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