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 徹夜した紅葉のテンションは現在進行形で急降下中だ。  過去のデータと照らし合わせながら、急ピッチで企画書を出来上がらせた。  本当なら役員全員で話し合いしっかり時間をかけて出来上がらせる行事だ。内容は薄く、ありきたりになってしまったが、なんとか厚く見せられる状態にまで仕上げた。 「僕死にそうだなぁ、過労死とかやだなぁ」 「まぁ、死ねないんだけど」と皮肉と嘲りを含む声。  徹夜でできた目の下の隈はコンシーラーでうまく隠せた。――と思っていたのに、風紀室へ企画書のコピーをを届けた際、神原には一目で見抜かれてしまった。  隈を撫でながら「無理は禁物だよ」と囁いた神原は格好良くて胸がキュンキュン(死語)してしまった。  新入生歓迎会が終わったらテスト、健康診断、体育祭と片付けなければならない行事が積み重なって嫌気が差す。  金持ちの坊ちゃん方は太陽の下で積極的に体を動かすなんてやりたがらないだろうに。紅葉がその典型的な例だ、きっと緩い運動会になるんだろうなぁと淡い期待は打ち砕かれる。  いざ体育祭が始まってみればどういうことだ。実は熱血なのか坊ちゃん方よ。普段きゃぴきゃぴしている親衛隊までも瞳に熱を灯しているのだから驚いた。  油断すると出そうになるあくびを噛み殺し、押し寄せる眠気に目を擦る。目の下の隈はどうにか隠せても生理欲求をどうにかすることはできない。  人よりも睡眠欲の大きい紅葉からしたら眠気を我慢することは拷問に近かった。 「あ……?」  ふと、生徒会室の外が急に騒がしくなる。防音効果も兼ね備えている扉と壁を挟んでも聞こえてくる声とは如何に。  キーボードを打っていた手を止めて扉のむこうに耳を澄ます。ガチャリとドアノブが回り、長身の男前が入ってきた。  ワックスで適当に流された金茶髪に鋭い瞳。整いすぎた美貌の生徒会長に続いて副会長も入ってくる。そのあとに書記が入ってくるものと思っていたのだが、後ろに続いたのはもさもさした黒髪瓶底眼鏡の部外者だった。  生徒会唯一の一年生がいないことに首を傾げつつ、中途半端に出来上がった会計案のファイルを保存してパスワードをつけた。 「おっひさぁ会長、副会長ぅー」 「よぉ白乃瀬」 「おや、いたんですか」  生徒会長の神宮寺雅人(じんぐうじまさと)の肉食獣を思わせる鋭い目つきが描く笑みに、紅葉は首を傾げた。  会長の笑みが変わった気がする。前はもっと自信に満ち溢れた王様の笑みだったのに、どこか違和感が見て取れた。 「誰だ!? ここは生徒会の人じゃなきゃ入っちゃいけないんだぞ!」  違和感を口にしようとした紅葉を遮り、神宮寺を押しのけて前に飛び出てきた瓶底眼鏡に頬が引き攣る。  ゴミが絡まり脂ぎった黒髪に一瞬眉根を寄せるが、すぐに柔和な表情を作る。汚い物は嫌いなんだ。 「僕は生徒会役員でーす。それで? 君こそ生徒会じゃない部外者なんだから入っちゃだめじゃーん」 「なんでそんな悲しいこと言うんだよ!」 「……は?」 「友達なんだからそんなこと言うな!!」  目を点にして口をぽかんとあけて瓶底眼鏡の奥に潜んでいるだろう目を見つめた。  彼は何を言っているのだろう。  友人関係は浅く広くがモットーの紅葉には理解しがたいことだ。  出会い言葉を交わしたのはたった数分。え、友達?  得体の知れない生き物にでも出会った表情をする紅葉に副会長の宮代雪乃(みやしろゆきの)は意外そうに口を開いた。 「なんですか白乃瀬、太陽と友人になれるというのにその表情は。自己紹介なりなんなりさっさとしたらどうなんです?」  女王様みたいに鼻で笑い飛ばし睥睨してくる宮代はいつも通り、のはずだ。  あえて言うなら、瓶底眼鏡に向ける笑顔が甘ったるい洋菓子で気持ち悪い。和菓子の方が好きだ。 「……なにその言い方ぁ。久々に会ったってのに副会長ったら感じわるーい」 「貴方には関係ないでしょ」  久しぶりにやってきたかと思えば、見知らぬ一年生に現を抜かし、仕事をする素振りも見せない役員たちが本気でわけわからない。  ムッとした紅葉はそれ以上言葉を紡ぐこともせず吐き出したい息を堪えるのにいっぱいいっぱい。自分は頑張っているというのに、遊び呆ける彼らに苛立ちが増していく。  彼らにはデスクの上に積み重なった未処理の紙類が見えていないのだろうか。以前の宮代であれば、生徒会室のあまりの汚さに発狂していただろう有様だ。

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