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 仕事もせずに名も知らぬ生徒にかまける彼らの茶番には嫌気がさしてくる。 「会長、僕、書類届けに行ってくるね」  もう少し溜まったら提出しようと思っていた書類を手に取って席を立つ。  好奇心旺盛な彼に絡まれる前に生徒会室を出て行くつもりが、目ざとく気づいた彼が大声を上げる。 「おい待てよ! お前、名前なんていうんだ!? 雪乃も言ってたろ、自己紹介しろって!」 「……僕は白乃瀬だよぉー」  にへら、と笑みを浮かべる。  宮代は自分の名前が女々しいことを気にして、めったに呼ばせないのに、一体どんな心境の変化があったのだろう。  正統派美形と言えば誰もが神宮寺雅人と答えるが、宮代はまた別種の美形だ。和風美人という言葉がしっくり当てはまる。  肩口で揺れるの黒髪はさらさらと流れ、口紅要らずの赤い唇と伏し目がちの瞳。親衛隊や一部生徒が名前の雪に因んで『白雪姫』と呼んでいる。  どこぞのお嬢様より宮代の女子力は高いだろうが男に姫はない。女子力は高いとは言っても宮代は神宮寺よりも男前で竹を割った性格をしている。 「白乃瀬って苗字だろ! 俺が知りたいのは名前だよ! 教えてくれたっていいだろ!」 「白乃瀬太郎。太郎だよ太郎」 「なんで教えてくれないんだよ! お前みたいな奴の名前がそんな平凡なわけないって!」  お前は僕のなにを知ってると言うんだとはっ倒したくなった。ものすごく久々にイラっときた。殴りたい。あと全世界の太郎さんに謝れ。  この毬藻は人の神経を逆撫でするのが酷く上手で、しかも馬鹿に見えて勘が鋭いらしい。 「……あのさ、いい加減に」 「太陽、あんまこいつに近づくな」 「そうですよ。大切な太陽が孕んでしまったら大変です」 「は、はら……?」  プッチンとしそうだった紅葉に気づいた神宮寺と宮代が腕の中に彼を閉じ込める形で引き止めた。  柔和で滅多にキレることのない紅葉だが、一年生のときにいろいろと偶然に偶然が重なってブチキレたことがある。  某親衛隊隊長はその事件を『微笑みの悪魔降臨事件』と笑って名付けた。新聞部発行の広報誌のトップを飾り、全校生徒に恐怖を植え付けた忘れがたい出来事だ。  神宮寺や宮代の言ってる意味がわからないのか、きょとんと首を傾げる黒もじゃ眼鏡。まったくもって可愛くない。親衛隊の小柄な生徒がやったならきっと背後に花でも見えたりするのだろう。 「なんでもいいから名前教えろって!」 「あー……紅葉だよ……」 「紅葉な! よろしくな紅葉! 俺は日之太陽! 太陽って呼んでくれ!」  よろしくなんてしたくないなぁ。しかも名前呼び。  もじゃ眼鏡もとい日之の後ろでさらに鋭く睨みつけてくる宮代にため息を吐く。  神宮寺は相変わらずのポーカーフェイスでなにを考えているのかわからないし、面倒くさいことこの上ない。  誰かこの現状に突っ込みを入れてくれる人はいないのか。あぁツッコミは僕、なのか……。 「太陽、白乃瀬のことはもういいでしょ? あっちでケーキでも食べません?」 「え? ケーキ! 食べたい! けど、紅葉を仲間はずれにしちゃダメだ!」  誰が仲間はずれだ誰が!  宮代の素敵すぎる王子様スマイルに鼻で笑ってしまいそうだ。まさかとは思うが、誰とも知れぬ喧しい年下の、しかも男に恋をしたとでも?  小等部からこの学園に通っている宮代は学園の特色に染まっておらず、好いている人がいるとかで、どんなにカッコイい・可愛らしい生徒に告白されても首を縦に振ることはなかった。  それが今はまるで恋に溺れる乙女だ。瓶底眼鏡の黒もじゃに惚れるような魅力があるとは思えない。  宮代の変化に、彼の幼馴染の神宮寺は何を思っているのだろう。  カッコイい神宮寺と美人な宮代。  もし宮代が同性と付き合うならば神宮寺とだとばかり思っていたのに。端から見ても二人はお似合いで、彼らの親衛隊の中にも『神宮寺様と宮代様をくっつけ隊』とかそんなのがあったはず。  あとから親衛隊の子に聞いてみよう。頭の中のスケジュール帳に予定を書き込んで、接客用のソファに連れて行かれた日之に視線を戻した。  アレに関しては関わり合いになりたくないの一言だ。  まったくもって宮代が日之に惹かれた要素が見当たらない。男に囲まれすぎて美的価値観が狂ってしまったのかもしれない。それならば仕方ないとも言えなくもない。 「ほら紅葉も! こっち来いよ!」  当たり前のように名前で呼び、我が物顔でソファに腰掛けケーキを食す日之には勿論、まるで付き人のように尽くす宮代と、不思議な色を含んだ瞳で宮代と日之を見つめる神宮寺にため息を吐く。  生徒の代表たる生徒会がこれでは一般生徒に示しが付かない。 「ちょっと君さぁ、馴れ馴れしすぎなぁい?」 「な、なんだよ!? 友達にそんなこと言っちゃいけないんだぞ!?」  だからいつ友達になった。  日之の「言葉を交わしたら人類みなお友達!」な思考を知るはずもない紅葉はまた一つ息を吐き出した。  仕事以外でどうして疲れなければならない。 「僕、名前呼び嫌いなのぉ。だから呼ばないでくーんなぁい?」 「なんでだよ!!」 「だーかーらー、僕名前呼び嫌いなの!」  幼い子どもみたいな日之との会話のキャッチボール、否ドッチボールを放棄したい。さっさと書類を届けに行こう。 「白乃瀬、太陽に近づかないでくれますか?」  宮代の目はどうなっている。むしろ離れようとしているではないか。近づいているのは太陽からだろうに。  もしかしたらこれからは宮代への認識を改めなくてはいけないかもしれない。助けを求めて神宮寺を見れば、苦々しい表情で睨みつけてくる。ブルータス、お前もか。  あからさまな二人の態度に片手で顔を覆ってため息を吐く。幸せが逃げていくなぁとは思うが吐かずにはいられない。 「どうでもいいけどさぁー、遊ぶならやることやってからにしてくんない? 今日提出の書類だってあるし、やんなきゃいけないこと山積みじゃん。てことで、僕はちょっと出かけてくるよぉ」  苦々しい表情の彼らと未だ煩く喚き散らす日之を置いて拒絶するように生徒会室を後にした。  帰ってくる頃にはいなくなっていてくれれば嬉しいのに。

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