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 ついには神原からも問い詰める目で見られ、酷く居心地が悪い。  いっぱいいっぱいの紅葉はじんわりと涙が滲んできそうな目で一澄を睨みつけた。 「あまり白乃瀬君を苛めないでくださいよ」  見かねた一澄が変わらぬ声音で言えば、全ての視線が一斉に向かう。  視線の集中効果から逃れられたことにホッとする。 「疚しい関係じゃありませんって。俺の弟繋がりです。白乃瀬君と俺の弟の中学が一緒でクラスメイトだったんです」 「弟……鷲尾(わしお)高校に通ってる?」 「えぇ、そうです」 「え、鷲尾って、鷲尾大学附属高校? あそこに通ってるんですか?」 「はい。――藤野(ふじの)君も一緒ですよ」  鷲尾大学附属高校は綾瀬川学園と同系列の男女共学の高校だ。  偏差値も高く名だたる進学校のひとつとして名を馳せている。  閉鎖的で山奥にある綾瀬川学園とは違い、都内の賑やかなところにあるためか地元から通いたい学生には人気な学校だ。  一澄の弟は常にトップの成績を保っていた。 鷲尾に行くだろうとはなんとなく予想していたが、まさかもう一人の同級生も一緒だとは思わなかった。  二人は『中学メンバー』の中でも良識的ではあったが、積極的に関わりたいとは思わない。 「……あのさぁ、一澄の弟って一澄蘭汰(らんた)君であってる? ついでに、藤野君って藤野遙一(はるいち)君?」 「そうですけど……あぁ、神原にも弟いたんでしたね。白乃瀬君とよく遊びに来てましたよね」  今度こそ、思考が停止した。  ギギギ、と油の切れたロボットみたいにぎこちない動作で神原に顔を向ける。  一澄の家に一緒によく遊びに行った中学メンバーなんて言えばひとりしかいない。逆にどうして今まで気がつかなかったのか。 「え、神原さんにもおとう、と……うわぁ……え、もしかして弟って、椿貴(つばき)?」 「うわぁ……意外と世間は狭いものだね」  なんとも言えない顔で黙り込んだ二人はまさかの繋がりに内心驚いていた。 「とりあえず坪田は何からツッコんだらいいと思う?」 「白乃瀬が名前呼びしてることじゃないか?」 「やっぱりそれだよねぃ……」  妙な沈黙の広がった会議室に咳払いが一つ。  親衛隊総隊長が有無を言わさぬ笑顔で先を促した。この中で誰よりも愛らしい姿をしているのに背後には包丁を研ぐ般若が見える。 「クロストークもほどほどにしたらいかがです? 会計様をあまり困らせないようにお願いしますね、保村さん」  柔らかい声音のはずなのに、黒い何かが滲み出る声に保村は総隊長から即座に顔を背けた。  背筋を走った悪寒に、知らず知らずのうちに視線を逸らしてしまう。 「……会計君、疑っちゃってごめんね」 「だいじょぶでーす……」  こっそりと謝罪をしてきた保村がなんだか不憫に思えて仕方がない。 「さて、僕たち親衛隊としては、鬼ごっこに賛成です」 「なぜでしょうか?」 「だって、立食パーティーだったら嫌でもあの宇宙人の意地汚い食べ方を見なきゃならないじゃないか」  だが、確かにもっともな意見だ。  綺麗好きな生徒たちからしてみれば日之の食べ方は下品極まりない。  実際に先ほど、食べカスを口だけでなく髪にまでつけて食べている姿を見てしまった紅葉も、眉根を寄せて同意を表したが、意見を変えるまでには至らない。  総隊長の意見に、立食パーティー派だった美化委員長や保村もして、鬼ごっこ派へと寝返ってしまった。 「はーい」  一進一退する会議に、神原がへらりと笑って手を上げた。 「総隊長さんの意見はごもっともなんだけどさ、鬼ごっこだと風紀が大変なわけ。宇宙人には当たり前だけど風紀二、三人つけて、保護しなきゃいけない生徒にも一人、学園敷地内で鬼ごっこするなら見回りには総動員させなきゃならないとなると、人手が足りないんだよねぇ」 「一番の問題は人手ということだねぃ……。そんなら、坪田んとっから風紀に貸し出したらいんじゃねぇの?」  これぞ「名案だ」と朗らかに言った美化委員長の舞南に殺意が沸いた。  無言を貫く紅葉に誰も気がつくことはなく、委員長たちの間だけで話はどんどん進んでいく。 「俺はぜんぜん構わないぞ」 「ほんと? そうしてもらえると風紀としてはすっごい助かる。ありがと坪田ー」 「体力が有り余ったものたちばかりだしな」  図書委員会は校内マップとしおりの作成、新歓中の実況を放送部委員会が。学級委員長委員会はクラスの統率、点呼などを主に。美化委員会は保健委員会の補佐。  各々の委員会の役割を確認し、疑問などを話し合ったり話が脱線して雑談してしまっているうちに会議はあっという間に終了した。 「――それでは、企画内容はこれで最終決定となります。当日、頑張りましょうね」  細かい事案や計画を決めたところで、精神的に疲れる結果となった会議はお開きになった。

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