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「紅葉! ここにいたのか! 探したんだぞ!?」 「うわうざぁい」といけないつい口が滑ってしまった。  視線を合わさず無言を貫いていれば、ドスドスと音を立ててこっちにやってきた。何が彼の沸点に触れたのだろう。デスクに勢いよく両手を叩きつけて怒鳴り散らした。  文字がズレた。溜め息を吐いて仕方なく日之を見る。 「日之君さぁ、僕、仕事中なんだけど」 「紅葉が無視するからいけないんだっ! 友達のこと無視しちゃいけないんだぜ!」 「僕と日之君って友達だったんだぁ」 「日之じゃなくて太陽って呼べ!」  会話が通じないコイツは宇宙人なのかな。本当に人を苛立たせるのが上手いなぁ、と湧き上がる苛立ちに舌を打ちたくなる。  せっかく小鳥遊と話せて気分がよかったのに、一気にテンションが下がってしまった。  遅れて入ってきた神宮寺たちは紅葉に絡む日之を見て、親の敵のように睨みつけた。 「会長たちさぁ、ここ来たんなら仕事するんでしょぉ? いい加減僕と新田君じゃ捌ききれないんだけど」 「それは」 「なに言ってんだよ紅葉! 雅人と雪乃は仕事してるだろ! 自分がしてないからって押し付けるのはよくないぞ!!」 「はぁ?」 「みんな言ってた! 紅葉セフレと遊んでばっかで仕事してないって!」  戯言をわめき散らす日之に目をぱちくりと瞬かせた。  セフレなんかだめだ! お互いが傷つくだけ! と同じことしか繰り返さない宇宙人に溜め息が溢れる。  白乃瀬親衛隊はたまに部屋へと招いているが、それはお茶会や雑談、学年の垣根を越えての交流の一環であってだ。  ここ最近は書類の処理に追われてそのお茶会すらもしている時間がない。  親衛隊の生徒たちには悪いと思っている。「無理しないでください」と悩ましげに表情を歪めて差し入れを持ってきてくれたりするいい子たちだ。 「……僕にセフレはいな」 「セフレなんかダメだ!! お互いに傷つくだけなんだから!!」  いや、言わせろよ。 「紅葉、寂しいんだろ?」  急に声のトーンを下げた日之は、今までにないくらい優しい手つきで手を握ってくる。 「寂しいから何人も関係持ってんだろ? 俺が一緒にいてやるよ! そしたら、寂しくないだろ?」  ――寂しい? 「くっ……ふはっ、あははっ」 「な、なんで笑って」 「日之君さぁ、小さな親切大きなお世話って知ってる? 僕は別に寂しくないし。副会長達としか仲良くしてない日之君よりも僕は友達いるよぉ。親友だっているし、親衛隊の子たちとは茶飲み友達だし。まずさぁ、君が何を勘違いしてんのか知らないけどぉ、僕の親衛隊は僕がキチンと管理してるし、親衛隊隊長さんもよく統率してくれてんの。僕の親衛隊に限って制裁とか有り得ない。僕は博愛主義だからぁ、一般生徒も役付も親衛隊も区別しないの。親衛隊とは健全なお付き合いをさせてもらってるよぉ? 体だけの付き合いとかしてないしぃ。みんな良い友達なの。まず僕はノーマル。分かる? ノンケちゃんなの。同じモノついてる奴とヤりたくもない。てかさぁ、もし僕にセフレがいたとしても、もしの話だからね、いたとしてもさ、君に口出す権利はなくなぁい? 僕の友人関係に口出しするほど僕と君は親しくないじゃないか。君は僕と友達友達って言ってるけどぉ、いつ、どこで、何時何分何秒に、僕と君が友達になったの? まだ自己紹介くらいしかしてないよねぇ? ね、そこんとこどうなの、日之君? あぁ、あと金輪際僕のことは名前で呼ばないで」  イライラして仕方ない。  この際だから遠慮して言わなかったことも何もかも全てぶちまけてしまおう。その後のことなんて気にしない。  神宮寺や宮代とは今までどおりの関係を保てなくなってしまうが、あれもこれも全部日之が悪いんだ。 「ねぇ、どうなのさ日之君? 人に自分の意見を押し付けて、正義ぶってるつもり?」 「……んで、」 「は?」 「なんでそんなこと言うんだよ!? 俺は! 紅葉のことを! 想って!」 「はいだめー。名前で呼ばないでって言ったじゃん。言ったでしょぉ? 小さな親切大きなお世話。君のそれはただの偽善。一緒にいるとかほざいてるけどさ、ここを卒業したらどうすんの? 大学は? 就職は? 老後は?」 「っそ、れは……」  頬を涙が伝った。  嗚咽を漏らして肩を震わせる日之に、笑顔を浮かべる。胸がすいた。 「白乃瀬!」 「なぁに?」  声を震わせて涙を流す日之を背後に庇い、宮代は眦を吊り上げて睨みつけてくる。  大事な大事な日之君がそんなに愛おしいのだろうか。 「いい加減になさいっ! 太陽を泣かせてただで済むと」 「だから? なぁに? それがなにかぁ? 日之君はただの一般生徒でしょぉ? お家は並。僕ん家より下じゃん。それに、これは僕と日之君の問題なのぉ。部外者が入ってこないでくれる?」 「っ……」 「日之君もさぁ、泣けばどうにかなるとでも思ってんのぉ? 今みたいに副会長が助けてくれるとか? そんな風に思ってんだったらやめなよ。社会にでたら理不尽なことなんてたぁくさんあるんだよぉ? いちいち泣いてたらきりがないし。ていうかぁ、高校生にもなって男の子が泣くってどーなの。なっさけなぁい」  大丈夫。まだ大丈夫。まだ理性はある。僕なんて泣きたくても泣けないのに。  机仕事をずっとやっていたせいか自分でも思ってた以上に鬱憤が溜まってたらしい。日之に言ってるの半分は本音だけど、もう半分くらいは八つ当たりの勢い。 「僕さぁ、疲れてんの。誰かさん達が仕事しないせいで溜まりまくった書類の処理で」  わざとらしく肩を竦めて言い放てば、宮代は肩をビクリと揺らし、気まずそうに視線をさまよわせた。  罪悪感でも感じているのだろうか。そんなものを感じている暇があるんだったら書類でもなんでも仕事をしてくれた方が数百倍嬉しい。  彼らはわかっているのだろうか。仕事ができるから生徒会に選ばれたのに、仕事放棄をして、役に立たないと判断されたらリコールされることを。  もしそうなってしまったら、リコールされる前に辞任するけれど、と胸の中で呟いた。 「……僕は風紀に書類出してくるから。副会長達もさ、自分の立場、考えて動いたら? 腐っても役付なんでしょぉ?」  ひらひらと手を振り、生徒会を出た紅葉が扉の閉まる直前に見たのは唇を噛み締める宮代だった。

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