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 ――午後の部が始まった。 「月白が六百点ですか。なかなか拮抗していますね」  手元の得点表を背後から覗き込んできた宮代にげんなりする。夏の暑さを感じさせない涼やかな笑みに辟易とした。  午後は加算得点の大きい競技ばかりだ。  遠目で見える神原の横顔は、どことなく不機嫌そうだ。 「太陽と接触したって聞きましたよ」 「あの子さあ、ほんとそろそろどうにかしないとマズイでしょ」  もちろん、と答える宮代だがその顔色は明るくない。  生徒のことを想う理事長ならなんとかしてくれる、と希望を持って相談をしたが、難しい表情で「ごめんね」と一言だけが返ってきた。  つまり、理事長の力が及ばないところでの問題というわけだ。  綾瀬川学園は日本でも有数の進学校だ。  しかし、日之の成績はいたって普通。だから転入クラスもCクラスだった。しかし日之の成績では編入試験にすら合格はできない。  さらに、前の学校で暴力問題を起こして停学になっている経歴がある。――なぜ日之は転入することができた?  問題児としか注目をしていなかった日之に、疑問が降って沸いた。  紅葉と同じ疑問に至った宮代は目を見開く。 「……裏口?」 「間違いなく。でも、調書だと日之って一般家庭じゃなかった? お金を積んで入れるほど富裕層じゃないよねぇ?」 「ええ。父親も母親も中流企業の勤めのはずです」 「そうなると、裏口とまた違う別口?」 「――身内、じゃあないですか」  思い出した。ハッと顔を上げて小さく呟く。 「理事長の身内、とか。以前、太陽が理事長のことを『おじさん』と呼んでいたんです」 「……待って。待って待って待って」 「どうかしました?」  思わず額に手を当てる。  最悪なことに思い至ってしまった。 「宮代には言ってたっけ。僕、理事長の甥」 「……以前、聞いたような聞いてないような。――え、ちょっと待ってください、あなた、」  当然、紅葉が思い至ったことは宮代も容易に思い浮かぶ。  紅葉は理事長の甥だ。日之は理事長のことを『おじさん』と呼んだ。伯父とも、叔父とも取れる。 「もしかして、僕とあの宇宙人が親戚関係?」  後に、このときの紅葉はこの世の終わりが来たような顔をしていたと宮代は語る。  ありえなくない事実に愕然とした。 「おやまぁ」なんて目をぱちくりさせる宮代と違い、紅葉は絶望に打ちひしがれている。  あんなのと親戚関係にあるだなんて、嘘でも公にしたくない。早急に事実確認をしなければ。  ポケットに入れていた携帯を取り出して、付き人にメッセージ連絡を送る。優秀の彼のことだからすぐに調べて返事が来るだろう。  二分と待たずに携帯がバイブを鳴らし、通知がディスプレイに表示された。 「……わぁお」 「さすが、早いですね。それでどうだったんです?」 「理事長は僕の母親の兄なのね。理事長はさぁ、白乃瀬から外に婿養子に行ってるんだよ。婿養子に行った家系に日之があるんだよなぁ……。日之君は理事長の奥さんのきょうだいの子。理事長と直接的な血の繋がりはないけど、まぁ、言っちゃえば僕と日乃君はとおーい親戚だってさ」  げんなり、顔色は芳しくない。白乃瀬の血筋だったらどうしようかと思った。  大元を辿れば、きっと同じ血を繋いでいるのだろう。  白乃瀬はとても狭い世界で生きている。外に嫁ぐとはモノは言い様で、濃くなりすぎた血をある程度行ったら薄めるために、血の薄くなりすぎた遠い遠い分家と婚姻を結ぶのである。  きっと、理事長がその役割を担ったのだ。 「あー……なんとも、理事長に近いですね。しかも婿養子だったんですか……。それだと、なおさら言いにくいでしょうけど」  苦い表情だ。どうしようもない、手詰まり。 「……まあ、僕の親戚であるなら、夏休みに帰ったときにでも上の人に聞いてみるよ」 「どうにかなるんですか?」  胡乱げなまなざしに溜め息を吐く。  現当主に口添えを頼めばきっとすぐにでも解決する。それで終わればよいが、絶対に終 わるわけないのが目に見えている。 「――どうにかなるでしょ」  諦めた微笑が目に焼きついた。

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