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第31話

 俺は拘束帯で手足を縛られて、男性スタッフ数人がかりでどこかの部屋に押し込まれた。患者でも無い男子高校生が屋上で自殺をほのめかして暴れる事態に、病院側も容赦無くなるらしい。  転がされたのは薄暗い部屋の畳の上で、ベルトを引き千切ってやろうと渾身の力を込めても両腕を前で拘束するそれは外れなくて、ならば噛みちぎれと歯を立てても、さすが本物、びくともしない。 「外せよっ!あーっ!!」  怒り狂う俺はアッサリ放置されて、みんな早々に部屋を出て行ってしまった。  こんな事ってあるだろうか。  もう刹那を取り上げられてしまったのに、俺がここにいる意味なんて無い。泣いても叫んでも刹那は戻らない。一ヶ月前のあの日から、刹那がいない。  どうやって生きて行けって言うんだ、俺には刹那しか居なかったのに、それさえ奪われて大きな秘密と罪を背負って、こんなんでどうやって一人で生きて行けばいいんだ。もう何も無い。  泣いて泣いて、涙すら拭え無くて鼻水で窒息しそう。これで死んだらまさかの死因だ。  自由が効かないから全身で悶えて暴れて、獣のように前後見境なく叫んで、ベルトに拘束されればされる程反発する。なのにひとしきり暴れても場所も分からない部屋に閉じ込められて誰もいない。  こんな世界は終わってる。  そうやってどれくらい放置されたのか、泣き疲れて心の中が空っぽになった頃、静かにドアが開いて人が入って来た気配があった。  やって来た人は黙って俺の様子を伺っていたけれど、もう暴れる気力も無いと分かったのか近付いて髪を撫でた。 「起きてる?」  温かくて優しいこの手は、卯月さんの手だ。  ここはどこなのだろうと視線を巡らせれば、そんなに綺麗でも無い壁の部屋で、棚には私物のバックなんかが置かれていた。 「療法士の休憩室。縛り付けてごめんな」  こんなの今時使わないよと、外された拘束帯が放り投げられるとボトリと重い音がした。 「……病院って薬で落ち着かせるんだと思ってたら、力技なんだ」 「ほっときゃ治まる物に余計な事しないよ。体力勝負でもう大変。こんだけ暴れる人も珍しいけど」 「刹那は?」 「予定通り光輝さんと出発した」 「……そう」  頭が痛い。まぶたが重い。  もう刹那がいない。  空っぽだった。本当に、心の底から空っぽで、泣いて叫んで暴れて、何も残って無い。何にも……無いんだ。  抜け殻のように大人しくなった俺は、早退した卯月さんの寮に連れ帰られてベッドの上に寝かされた。好きなだけ泣けという意味らしくて、卯月さんは何にも言わない。  窓の外がどんどん暗くなって家具の影が床に斜めに伸びて、時間だけが過ぎて行く。 「……卯月さんが思うほど、俺は綺麗じゃないんだよ」  やがてポツリと呟いた声はかすれていた。  テーブルに雑誌を広げていた卯月さんがベッドの俺を振り返る。 「お前が何を隠してる気になってたって、丸見えだよ。兄貴に弱くて言いたい事の一つも言えない、親が来りゃ情緒不安定。刹那さん刹那さんって、雛鳥じゃあるまいし。二人で結託して相当ヤバイ事やらかして逃げてるに決まってる」 「ちが……」 「なにやったんだお前らは。全部話せ」  ぶるぶると身体が震えてくる。  話せるわけが無い。俺たちが爺さんを殺したのを隠しているなんて。  なぁ朔実。と、震える俺の頭に温かな手が置かれて、ゆっくりゆっくり神を撫でる。 「刹那さんが飛び降りた事で一番傷付いたのはお前だと思うよ。だけどお前の家族は誰もお前の精神的フォローはしないんだな。そしてお前も一人で抱え込むだけで、お兄さんすら頼ら無いんだな」  そう言われて、俺は額の上に手を置いて目元を隠した。  家族という形だけの関係を見抜かれているのは、当たり前なのかも知れない。それだけあの家族は薄い。  寂しい。  寂しい、寂しくてたまらない。ずっと押さえ込んで来た本音が空っぽの心に流れて溢れ出す。 「話せ。全部忘れるから。誰にも言わないし、今だけだ。じゃないとお前はいずれ本当に刹那さんと同じ道を選ぶ気がする。朔実はもうあの病院に行く必要が無いから、俺とも今日が最後だよ。もう会わない相手になら話せるだろう?」  屋上で卯月さんじゃダメだと叫んでしまった俺は、こんなにも優しい人を自分から手放したんだろう。今更側に居て欲しいなんて虫のいい思いで、明日から卯月さんさえ消える事はとても怖い。  だけど空っぽになった俺にはそれすらどうでも良く思る。 「今夜が最後で、俺たちは明日からもう会わない。お前が生きて行くための最後の手助けをさせて欲しい」  とても優しく髪を撫でながら繰り返す卯月さんの言葉に、とうとう俺は全てを話す決心をした。

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