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第2話

 人間の記憶というのは何歳から有るのだろう。 「刹那ぁーっ!せぇつーっ!」  今日もまた祖母の怒鳴り声がする。  生まれ育ったのは緑豊かな山村の一軒家で、祖父母と孫の俺たちまで、三世帯同居家族だった。  一番古い幼い記憶は映画のワンシーンを切り取ったような断片的な物で、自分が何歳なのか分からない。祖母が刹那を呼ぶ怒鳴り声に、小さな俺は自分が呼ばれた訳では無いのに様子を見に行った。  場面が薄暗い台所に移る。  背の低い視線は台所の入り口からごちゃごちゃした物が乗ったダイニングテーブルを回って、流し台の前に立つ一人の少年を映している。  まだ幼い背中は薄く細くて、押せば折れてしまいそう。少年は腕まくりをした手を蛇口から流れる水に突っ込んで洗い物をしていた。水の冷たさに小さな手が赤い。  刹那。  これが俺の記憶に有る、次男刹那の一番古い姿だ。  子供特有のツヤの有る髪を揺らしながら、冷たい水で必死に洗い物をする横には、腕組みをした祖母が目の吊り上がった鬼みたいな顔で付いている。 「全くお前はノロマな子だ。学校から帰って来たら言われなくてもすぐ手伝うんだよ、あっちの婆さんの躾が悪いから使えないバカになって。それとも産んだ親がバカだからか、本当にどうしようもない子だ」  祖母は脳梗塞で倒れた事があり、怒らせると身体に良くないから言う事を聞くようにと、子供の頃の俺たちは言いつけられていた。  あっちの婆さんとは母方の祖母の事で、仕事や看病で手の回らない母の代わりに刹那を育てた人だ。  家事に仕事に子育てに加えて病人までとなると、一人で背負いきれなくなった母は実家に助けを求めて刹那を預けた。  刹那が家に戻って来たのは小学校に入学する時で、俺から見れば急に現れた他所の子に思えた。  この時既に、家に帰らなくなっていた父の代わりに母が外で働いて、病気が治った祖母が俺たちを育てていた。  親代わりの祖母の言う事は絶対で、その祖母が刹那だけをバカだノロマだと罵り叱りつけるのだから、人の言葉をそのまま信じる幼い俺は、刹那がバカでノロマだから叱られるのだと思っていた。

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