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第5話
夢は古い記憶を探る。
俺が小学一年生の時には、四つ上の刹那は五年生、八つ上の光輝は中学生になっていた。
家族は祖母の他にも祖父が居る。
無口で厳しい祖父は、家督を継ぐ長男光輝を殊更大事にしていて、いずれは出て行く次男と三男は二の次と考える人だった。それは差別では無くて、お前たちが大人になったら光輝の助けになれと言い聞かせる、古い時代の考え方なのだ。
「お兄ちゃん、ばぁちゃんが飴くれた」
その日、俺は祖母から一袋の飴を貰って居間でテレビを見ている光輝の所に持って行った。祖父の躾で、貰った物は一度長男に渡して、長男が弟達に公平に分ける。
「んー」
面倒そうに振り返った光輝は、袋の口を破きながら刹那を呼んで来いと言う。その一言で幼い俺は怯んだ。
「だって、ばぁちゃんがくれたんだよ」
他の誰かがくれた物は三人で分けても、祖母がくれた物は刹那にあげてはダメ。けれど呼びに行くより早く、洗濯物を両手にいっぱい抱えた刹那の姿が廊下に見えた。
刹那は一人だけいつも沢山の手伝いを言いつけられていて、それはノロマでバカな子だから仕方ない。
「刹那、ちょっと来い」
光輝は袋の中からごっそり一掴みの飴玉を俺の両手に乗せて、自分で一つ二つ取ると、残りを袋ごと刹那に渡した。
「誰が?」
刹那は二重の大きな目で光輝を伺って、警戒している。
「ばぁちゃんだって」
聞いた途端にいらないと手を引いた。貰ったら殴られる。そんな事は分かっているのに。
「隠して自分の部屋に持って行きな。バレたら俺が分けたって言えばいい」
それが祖父の躾なのだ。
長男は弟達に公平にと躾られている光輝は、刹那だけを差別しない。
だけど遅かった。
二人を見ていた俺の視界から突然刹那が消えて、次の瞬間には畳の上に倒れていた。
「この泥棒がっ、泥棒にやる物なんか無いよ!」
そこには鬼の形相の祖母が、まだ細く小柄な少年を突き飛ばした姿勢で立っていた。そして畳の上に転がる刹那の手から、すぐさま飴の袋をひったくる。
「これは朔実にやったんだ、返しな」
「ばぁちゃん、俺が朔実から預かって刹那に分けたんだよ」
慌てて間に入った光輝が刹那を助け起こして、驚いた俺は声を上げて泣き出す。
「お前のせいで朔実が泣いて、全く子守もできないバカな子で本当に嫌になる」
「あんたはっ、朔実が貰った飴をちゃんと俺の所に持って来た事を先に褒めろっ」
キツイ口調で言い返した光輝に、俺はもっとびっくりして大泣きした。
ばぁちゃんに逆らってはダメなのに、良い子にしてないと刹那みたいに殴られるのに。光輝まで叩かれたら、とても怖い。
「それから俺たちに口を出すな。あと自分の仕事を刹那に押し付けるのもやめろ、刹那も宿題が有る。その洗濯物はばぁちゃんが片付けろ」
光輝が殴られるのでは無いかと怯える俺の目の前で、光輝はどんどん言い返しているのに殴られないのが不思議だった。ばぁちゃんの気に入る良い子でないと、グズでノロマなバカな子と叱られて叩かれると思っていたから。
畳の上には取り込んだ洗濯物が散らばっていて、刹那がそれを小さな手で広い集めていた。
「光輝もこんなに生意気になって、母親の躾がなって無いんだよ」
「やりたく無いなら俺がやるからいい。刹那、朔実を連れて向こう行ってろ」
この時刹那は感情の欠片も無い無表情をしていた。
怒る光輝と怯えて泣く俺と、どちらも自分の事では無いのに感情を露わにしているのに、当の本人はするりと何も無い。本当に無表情で、何も無いのだ。
一方、同じ孫に飴一つあげられずに、泥棒と突き飛ばして喚き散らす祖母。
この理由が何なのかまだ小さかった俺には分かるはずも無く、気に入られる良い子じゃ無いと刹那のように叩かれると、ただ怯えていた。
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