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第7話

 眠る度に子供の頃の夢を見る。  あの家の年中薄く日当たりの悪い台所は、夜になると密やかな笑い声が聞こえる、温かな場所に変わる。  夜遅くに仕事から帰って来た母は、祖父母に気を使っていつも夕食を台所で食べていた。祖母から食事を与えられないお腹を空かせた刹那も一緒に夕食の時間で、台所にクスクス笑う二人の声と、お母さんお母さんと甘える声が満ちる。  みんなと一緒にご飯を食べさせて貰えない刹那の方が、この時ばかりは幸せそうだった。  俺だってお母さんが大好きなのに、お母さんは途中から来たダメで悪い子の刹那を可愛いがる。光輝だってそうで、ばぁちゃんから助けてる。優しくしてる。  なんで。  俺は悪い子なのかな。そんな事は無い、ばぁちゃんはの言うことを聞いてるし、ばぁちゃんは褒めてくれる。ばぁちゃんだけは。  この頃、何かがおかしいという事に、俺は気付き始めていた。  どんなにいい子にしていても可愛がってくれるのは祖母だけで、祖父も光輝も俺など眼中にも無く、刹那を庇ってる。グズでノロマでバカな子のはずの刹那を。  そんなある日、家の中に何時もの祖母の怒鳴り声が響いて、今日も刹那が怒られていた。なのに何故かその日はガミガミ響く声が途中で止まった。 「刹那やめろっ」  光輝の声に座敷で遊んでいた俺が居間に行ってみると、倒れた祖母の上に刹那が馬乗りになっている光景が広がっていた。 「このっ……くそばばぁっ!」  畳の上に転んだ祖母の腹に刹那が乗って、握りしめた拳で上からドカドカ殴りつけている。祖母は両腕で自分の顔を隠しながら這いずって刹那を振り落とそうとするけれど、自分の上に乗った子供を払いのけるだけの力が無く、ひーひーとしゃがれた悲鳴を上げていた。 「ダメだ、ばぁちゃんが死ぬ」 「だって」 「わかったから離れろ」  光輝が刹那を抱え上げて祖母から引き離すのを、小さな俺は襖の影から覗いていた。祖母が退かせなかった刹那を、光輝は簡単に背中から抱き上げたのだ。 「このっ鬼子がっ!人殺し!育ててやった恩も忘れて」  やっと威勢を取り戻した祖母が叫んだ瞬間、羽交い締めにされたままの刹那が蹴りだした足が空を切った。すかさず光輝が後ろに引いたからで、赤い顔でふーふー唸り声を上げる刹那は獰猛な動物みたいだった。  それを押さえる光輝も力強くて、兄二人はいつの間にかとても強くなっている。祖母が敵わない程に。 「ばぁちゃんが悪いんだろ、刹那はいつまでも力の無い子供じゃないんだ。もう負けるのが分かったら二度と構うなっ!」  ばぁちゃんが負けた。  一番強いと思っていたばぁちゃんが刹那に負けた。  隠れて見ていた俺には、頭の芯が震えるような物凄い衝撃を受けた。  なのに光輝は刹那の味方をしている。どうしてなのか。悪いのは刹那のはずなのに、刹那が悪い子だからばぁちゃんが怒るのに、いい子の俺は怒られないのに、みんなが刹那を守る。  そしてばぁちゃんを殴るなんて絶対にしちゃいけない事をしても、光輝は刹那の味方だ。  この瞬間、何となく気付き始めていた、誰がおかしいのかという事がはっきりと分かってしまった。  脳天から揺さぶる衝撃は、価値観の崩壊だ。  俺はもう言われた事を信じるだけの幼い子供では無くなっていて、だけど正しいと思っていた事と真逆な真実に、どうしたらいいか分からない。  逆なんだ。  祖母が悪くて、刹那が正しかった。だからみんな刹那の味方をしていて。  じゃあ、俺は?  悪い祖母のために祖母が望むいい子を一生懸命やって来た俺は?  グズでノロマでバカ子。気の利かないどうしようも無い子。今まで祖母が刹那を散々怒鳴りつけていた言葉が刃のように向かって来る。  グズでノロマでバカで、気の利かないどうしようもない子は、俺だ。  そう言って叱られる刹那を蔑みながら、自分は良い子でいようとした俺自身がバカな子供だったんだ。

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