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第13話

 祖母の葬式が済んだその晩、叔母達は我が物顔で遺品の整理を始めた。  父の兄弟は女性ばかり四人も居て、その四人が自分の娘達まで使ってタンスから仏壇の引き出しまでひっくり返している。 「指輪とか探してんだよ、ばあちゃん高価なの持って無かったのにな」  呆れた顔の光輝が教えてくれた。  部屋の襖を外して座敷を二つ繋げて作った広間では、喪服のままの母と刹那が夕食を並べていた。今日はそれどころじゃなかったから全て店屋物だけど、細々とよく動く二人が用意する席で親戚の叔父さん達が笑いながら酒を飲んでいる。  服を着替える暇も与えずに、たった二人に手のかかる仕事をさせて、自分たちは家探しと宴会だ。テレビで見るお葬式はみんな泣くけれど、本当のお葬式はお祝いみたいだ。ばぁちゃんはもう死んじゃったから、指輪もペンダントも要らない。おばさん達は色々貰えて、おじさん達はお酒が飲めて、みんな嬉しそう。  別の部屋では滅多に顔を見ない父が今日ばかりは家に居て、俺より小さな親戚の子どもと遊んでいた。  俺は要らない子だから、よその子を可愛がるのは仕方ない。どうでもいい。  何もかもどうでもいい。  ばぁちゃん……。  涙が一粒溢れたけれど、この家で泣いてはいけない気がした。  翌朝起きると、家の中がひっそりと静まり返っていた。沢山来ていた親戚達はみんな俺が寝ている間に帰ったようで、もういつも通りの毎日に戻ったらしい。これならお正月の方がみんな何日も泊まっていて賑やかだ。 「お母さん?」  母の姿を探して覗いた台所に、朝はいつも朝食の準備をしているはずの母の姿が無かった。隣の居間にはいつものように祖父が居て、寒そうに背中を丸めてこたつに当たっている。 「じいちゃん。母さん仕事に行ったの?」  最近耳が遠くなった祖父は俺の言葉には答えずに、黙っている。仕方がないからトイレや座敷と見て回ったけれど、家の中のどこにも母は見当たらなかった。  きっと仕事に行ったんだ。  諦めた俺は居間のコタツに肩まで潜り込んだ。そうすると祖父と足がぶつかるのだけど、いつもの事と祖父は動かないし何も言わない。  そのうちにやっと喋った祖父は、光輝と刹那を呼んで来いと言った。やがて起きて来た二人が黙って昨日の残り物を出して、それがその日の朝食だった。  誰も何も喋らないから俺も喋らなかった。  祖母の通夜や葬式よりも静かで、それは不思議に落ち着いた。早春の朝は寒く凍るよう。火の消えた家の中に妙によそよそしく、そして馴染む。  葬式の晩、母は金目の形見が見つけられなかった叔母達から、腹いせに追い出されてしまった。  光輝も刹那も必死に止めたけれど、離婚を決めていた父は知らん顔で、喪服のままで叔母達に叩き出された。 「おかーさん、おかーさん、おかぁさんっ」  それを教えてくれたのは光輝で、どんなに泣いてこいしがっても母は戻って来なかった。 「おかーさん……うわぁーん……」  母が居ないと泣く俺に、光輝も刹那も手を焼いて、でもどうにも出来ない。親戚中の誰もが知らん顔で電話の一本も寄越さない。  鬼の住処だ、この家は。  育てた人が鬼ならば、育てられた子も皆鬼。 「あと一年、早く死んでくれたら……」  進学先の寮に旅立つ前の晩、光輝が悔しそうに言っていたのを覚えている。  こうして家には祖父と刹那、それに俺の三人が残された。  父が何故刹那を残したがったのか。  後で知った事だけれど、この時父は人身売買で引き取った外国女性を自分の店で働かせて、その周囲に集まる客に金を貸す闇金をしていた。  その父が冷静に見て、光輝は頭が良くて真っ当で、家を継がせるために祖父が育てた通りの長男だった。三男の俺は甘ったれでわがままで、全く使えない必要の無い存在。  刹那だ。  祖母に虐げられながら育った刹那は、いつの間にか心の内側に静かな怒りを溜め込んで、滔々と怒りの炎を燃やす子供になっていた。ずる賢くて冷淡で冷酷。邪魔な相手は隙を突いて殺しても仕方ないと思っている。  これが冷酷で計算高い父が息子三人に下した評価で、父は自分とよく似た性格の刹那を欲しがった。間違いなく父はあの祖母が作り上げた息子であり、そして刹那もあの祖母が作り上げた孫であり、二人の内面はよく似ていたのだと思う。  そしてこの時、祖父が八十歳になろうとしていて、介護の必要性がもう目前の事だった。  父が俺を手元に残したのは子供でも二人いれば何とか祖父を看れるだろうという計算で、そうすれば病院代がかからないというケチくさい考えのように思う。それともなり行きで俺まで残ってしまったから仕方なくなのか。  俺の事は後から母に突き返す事も出来ただろうに、そうしなかった意味は未だに分からない。  そうやって家に残された俺と刹那は二人で一人。  どちらが欠けても生きては行けない。

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