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第14話

 嫌な夢から覚める時はいつも動揺していて心臓に悪い。  はっと気付いた瞬間からバクバクする胸に、俺は寝返りを打つ。するとすぐ横に温かな物体があって、それが人の形をしていたから別の意味で飛び起きた。  ばっと布団を剥ぐ勢いで上半身を跳ね起こせば、隣に卯月さんがぐーぐー寝ている。  あー、そうか。  卯月さんの部屋だった。 「はぁ……よく寝た」  シングルベッドで男二人とか狭い上に寒い構図。だけど睡眠時間は久しぶりにたっぷりとれて、よく寝た気がする。 「……朔実……何時……」  動き出した俺の気配に目を覚ました卯月さんが、枕元の目覚まし時計を見る。眠そうにしかめた横顔が男くさい。 「起きないと卯月さん遅刻するかも」 「日曜はリハビリ休み。うるさいからまだ寝てろ」  うるさいと言われた。  それは昨晩俺が言うのを遠慮したセリフなのに、目覚めてすぐうるさいとか、寝起きの悪さに驚きだ。  足元の方で丸まっている夏掛けを引っ張り上げた卯月さんが、自分だけじゃなくて俺にまでかけて二度寝に入る。 「や、要らないから」  男二人で一枚の布団をかけるとか、恐ろしく寒いから。 「……うるせーよ、寝ろ」  なんかこの人、寝起きが酷い。  怒られるから黙って向けられた背中を見ていたら、どうしてか急に泣きたくなった。  白いティーシャツは前に丸まっているせいで肩甲骨と背骨の形が分かる、適度に筋肉のついた広い背中は、生きてる。  華奢な刹那よりもしっかりしていて、大人の男って感じの背中は似ても似つかないけど、生きてる。  じっと見つめていたら、卯月さんがくるりと振り返った。 「うるさい」 「なんの音も立ててませんが」 「視線が突き刺さる」  後ろ向きでそんなの分かるなんて、どんな背中なんだろう。  あーぁ、もうっ、と呟いた卯月さんが体ごと反転して、引き寄せられた。 「ちょっと、重たい」  身体に絡んで来る腕と足の重さに、力を抜いた人間の身体はこんなに重いのかと思った。俺、抱き枕にされてる。 「なんだよ、自分がさみしいって言ったんじゃねぇかよ、ガキ」  さみしいなんて言って無い。俺はただ。  だけど文句を言う前にすぅっと寝息が聞こえて、凄い早業。 「なんで寝るんだよ、五秒もたってねーよ」  真横で人が眠っているのはこっちにまで眠気が移るのか、俺まで眠たくなって来た。だけど重い。うなされそう。 「なぁんで起こしてくれないんですかっ」 「二人しか居ないのに、二人で寝てて誰が起こすんだよ」 「目覚ましセットするとか」 「過ぎた事にこだわるなよ」  次に目が覚めたのは昼過ぎで、起きると同時にベッドを飛び出した俺が、そこら辺に散らばった服を急いで身に付けるのを、まだベッドに居る卯月さんがぼーっと見てる。 「起きて下さいよ。服着替えて」 「んー、病院送って行くけどさ、朔実体調どうなの?」 「全回復」 「頑丈だな」  ふぁーぁと欠伸をしながら卯月さんが起きて来る。呑気だ。急ぐ気が無い。  病院に送って貰うと、刹那は目を開けていて俺を待っていたような気がした。 「刹那ごめんね、昨日少し体調悪くて付き添い出来なかった。もう治ったから」  一緒に来てくれた卯月さんが刹那の様子を見ながら電動ベッドを起こして行く。昨日よりも上半身を高くする位置で、ほぼ座っているような体勢になった所でベッドを止めた。 「そんなに起こして大丈夫なんですか?」 「寝てると体力落ちちゃうからね、長時間じゃなければ大丈夫。刹那さん」  卯月が刹那に声をかけると、そちら側に向けてぴくりと刹那が反応を示す。今日は調子がいいみたいだ。 「昨日は朔実君をお借りしました、すみません。朔実くんは料理がとても上手ですね」  刹那は返事をするまでは行かないけど、反応してる。瞬きやわずかに首を動かす動作で、卯月さんの声を聞いている。 「朔実、話かけて。今日は調子がいいみたいだよ。朔実の声が一番届く」 「俺の、声?」 「当然だろ、ずっと一緒にいた兄弟なんだから。朔実の他に誰が居るんだよ。沢山話しかけて呼んでやって、朔実の声で」  俺の、声。  他の誰でも無く、誰も変わりにはならない俺の声。 「刹那……卯月さん刹那の前ではすましてるけど、本当はダメ人間だったよ」 「それバラすなよ」 「だって」  嬉しくて、嬉しくて、俺は泣きそうになりながら笑った。 「卯月さんの事しか思い浮かばないよ、強烈で」  俺にも役に立てる事はあって、それが刹那にとって唯一無二ならこんなに嬉しいことは無い。  ここに自分が存在している価値を与えられた気がした。刹那のそばに居ていいと許された気がした。  それから卯月さんが俺にやり方を教えてくれながら刹那にマッサージをしてくれて、やがて座った姿勢でウトウトし出した刹那を休ませるためにベッドを戻す。 「無理の無いようにこんな感じで筋肉解してやって。座ってるのは意外に疲れるから、嫌がったら無理矢理はしないで手にボールかなんか握らせるとか方法を変えて」 「はい」  俺が刹那のそばに居て、邪魔にならない方法を教えてくれる。  刹那のそばに俺が必要だと言ってくれる。  泣きたい程に、嬉しかった。

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