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6※龍介視点

「ほら、蒼、炭酸。飲むと多少は酔いが治る。」 宗介と呑んだ次の日、ライブのため大阪へ向かっていた。その新幹線移動中に、乗り物酔いをした蒼に炭酸飲料を渡す。 「うぅ…すみません…。俺、普段そんなにお酒に弱くもないんです。でも、昨日はつい楽しくて…」 「いや、仕方ない。お前、宗介に勧められるまま呑んでたからな。アイツ、自分がざるだからって、人にも度数気にせずバンバン進めてくるし。俺も止めなくて悪かったな。」 まずいかなとは思ったが、その場ではそこまで辛そうでもなく、楽しそうにしていたので止めなかった。 「龍介さん…、大丈夫です!炭酸飲んで、スッキリします。本当にありがとうございます。」 蒼の笑顔を見るとこちらも気分が良くなる。 龍介さん  龍介さん 困ったように呼ぶ声が気になり出したのはいつ頃からか。 最初は全く眼中になかった。どうせ直ぐ辞めるだろうとも考えていた。 俺はオーケストラ奏者の両親のもとに産まれた。色々な楽器をさせられ、どれも上手く出来た気がした。1番ハマったのがギターだった。そして程なくしてバンドを組んだ。気まぐれだったけど、想像以上に面白くてのめり込んだ。両親はバンドを良しとはしなかった。そして俺と両親の間には深い溝が生まれた。別に気にはならなかった。親は好きでなかったし、その親に構われなくなって、生活は自由になって一石二鳥だと思っていた。しかし、自分の作る曲には何故かよくクリーントーンの箇所がはいる。ほぼ無意識でいれてしまう。まるで、クラシックのような旋律。苛々する。曲を作るのは好きだけど呪いのようにクラシックが顔を覗かせるので、それがまるで両親の呪縛のようで毎回作曲中は苛々する。 あの日も自宅のスタジオで苛々と作曲をしていると人の気配がした。スタジオを覗く影。蒼だった。蒼だと思った瞬間、不思議と苛々がなくなり、きょどきょどしている蒼の様子に少し口の端が緩んだ。蒼の様子が面白くて無視を続けた。そしたらそのまま居なくなった。 (あーあ、苛々する。) するとまた苛々する感情が再びふつふつと湧き上がる。 (俺だけを見てればいいのに。) 考えて、なんだそれと自分に突っ込む。モヤモヤした気持ちのまま、作曲をしていると再び人の気配がした。 --- 「おぉ、中々いい感じに出来たかな?」 ガチャッ… 直ぐに出て行うかとも思ったが、とりあえず少しして部屋を出たら、丁度料理が完成したらしい。満足気な顔をしていた蒼の顔が、俺を見て微妙に緊張する。面白いな。蒼は真面目で、自分の気持ちを偽ったり、嘘をつけない。だからすぐに分かる。 「…!!りゅ……、龍介さん、お疲れ様です。ここ数日中々会えなかったので、心配になって…きました。」 はは。そう。気にって来たんだ。可愛いじゃん。犬みたいで。まぁ、最近仕事放棄し過ぎたから、その話しに来たんだろうけど。 「あの…、龍介さん、楽曲作成で忙しくてご飯もきちんと取れていないのかなと思って、胃に優しいものをと思って……作りました。」 なにを作っているのかと聞いてみた。見ればうどんだってすぐ分かるけど。すると蒼は顔を赤くしながら、うどんを作ったと言う。顔を赤くしながら話す蒼は嫌いじゃない。見ていると、逃げ道を全て塞いでもっと色々恥ずかしい事させて、苛めてみたい。そんな不気味な感情が湧く。こんな気持ちは変だし、歪んでると自覚している。しかしそれが自分という人間だから仕方ない。 ずずっ 「……はは、美味いじゃん。」 おずおずと出されたうどん。食べてみると思っていた以上に美味しかった。出汁が効いてるし、蒼が手間暇かけて自分の為に作ったんだと思うと、気持ちが満たされる。 「なんか……、もっと…、こう、龍介さんっぽい、カッコいい料理でなくてすみません。」 なんだそれ。うどん位普通に食うし。 ---- 思いの外、蒼のうどんは美味しくて、あっという間に完食した。 「お口に合ったようで良かったです!」 完食した俺を見て、蒼が満面の笑みでコップを渡してくる。 (…美味しそう。) 食事で腹が満たされたからか別の欲求が湧く。ここで押し倒したら泣くかな。泣いた顔が見たい。普段は真面目だけど、どこかぽやっとした雰囲気のその顔を歪めて、乱れて、最後は俺に縋って欲しい。しかし変だな。蒼に湧くこの感情は何だろう。蒼の意識が自分に向かうと嬉しい。逸れると苛々する。これが独占欲というものだろうか。いやいや、でも何故。蒼を独占したいなんて。それって何か…。 「…蒼は、マネージャーよく続くな。殆どは2ヶ月もしないうちに、辞めていったからな。」 考えるのが怠くなり、とりあえず蒼が話したいだろう話へ会話を誘導する。 「実は、その事でお話があります。」 やっぱりな。 「正直、俺もキツいです。」 「…へー。そうなの?」 意外な回答。 (もしかして、) その先を考えると苛々する。 「…お、俺、龍介さんの作る音楽が凄く、大好きです。曲の構成は繊細で、けれど勢いもあって、歪んだ音もですが、間に挟むクリーントーンが凄く好きです。独特の世界観がある歌詞に、よくマッチしていますし。」 「…」 『クリーントーン好きです。』その言葉ばかりが頭の中にリフレインする。『呪いもひっくるめて全部好きです。』そんな事は言っていないと分かっているが、そう思えた。自分が必死に排除しようとしていた、弱くて嫌いな一部。そこまで受け入れてくれた気がした。色々な感情が溢れる。いずれも心地が良い感情。そうだ。心地よい。 「それなのに、あんなにいい音楽なのに、多くの人に聞いてもらえない。龍介さんがずっと音楽をしていたいのは凄く分かります。けれど、テレビやラジオの広報活動も大事です。広報活動をしないと、音楽を人に聞いてもらえないし、これから先作り続ける事も出来なくなるかも知れない。」 俯きがちだった蒼が目線を合わせてくる。 ドクンッ 胸が高鳴る。蒼がこっちを見てきた事だけで身体が歓喜する。 あぁ、もう、このまま。 食べちゃう? 「だから、龍介さんが打ち合わせや番組に来ないと、俺はキツイです。大好きな龍介さんの音楽が無くなりそうで。だから、来てください。」 「…ふーん…。」 でもどうかな。このまま欲望をぶつけてもいい。でもここで手に入れても、直ぐに手の内をすり抜けて逃げていくのだろう。それは勿体ない気がする。そもそも、自分が今抱く感情は、もっと特別な物に思えた。もっと、深い。 (どうしようか。) そもそもそんな安っぽい快楽が欲しい訳じゃない。 「…っ!」 「ふふっ…。」 意識したわけじゃないけど、直ぐに触れたくなってしまい手が自然と伸びていた。あぁ、もっとびくついて、怯えて、俺だけ見て。 蒼とはもっと、もっと深い繋がりが欲しい。ずっと側に繋いでいたい。そこでゆっくり頂こう。そうだな。そうしよう。 「…いいじゃん……。」 思わず心の声が溢れる。 「…い、…いやいや!と言うか、俺の話、龍介さん聞いてました?」 蒼が身を捩って俺の手から離れる。まぁ、そうだよな。高揚のあまりやり過ぎた。 「分かった。ちゃんと広報も参加する。その代わり、」 「…その代わり?」 「ランキングで1位を取ったら、俺の我儘を1つ聞いて。」 「?何ですか?それ?いいですよ。ただ、俺に出来る事に限りますからね?」 満足。この先が楽しみで堪らない。こんな気持ちいつぶりだろう。 ---- 「瑛太!そこは違うっ!変えろっ!!」 「えー、こう?」 メンバーでスタジオに入り、俺の作成したギターメロディに他のメンバーが自分の音をつけていく。 「違うっ!貸せっ!」 「あぁっ、乱暴に扱わないでよ〜。」 瑛太からベースを取り上げる。ベースの扱いが乱暴だとかぶーぶー言うのを無視して弾く。 「ちょちょちょっ、最後早いっ!最後のとこもう一回。」 「一回で覚えろ!仕方ないなっ!」 もう一回、気持ちゆっくりと弾いてやる。 「おぉー、素敵。いい!流石龍さん、上手いよね〜。」 「いいか、次は本当に真面目にやれよ。」 「…龍介、あんた、なんでそんなにやる気があるの?なんか、いつもより微妙に親切だし。機嫌がいいよね、最近。」 俺と瑛太のやりとりを不思議そうに見ていた由里が疑問をぶつけてくる。いつもは瑛太の泣き言に付き合うことも無いから、らしくなかった。 「別に。」 「…蒼くんがあんたの家に行った次の日から真面目だけど、なんかあったの?何を企んでるの?」 じっと由里が見つめてくる。由里は瑛太と違って鋭いから面倒くさい。 「…別になにも。」 「…まぁ、良いけど。私、蒼くんの事気に入ってるから、酷い事しないでよ。」 酷い事…?口の端が歪む。イイ事、しかする気ないけど? 「あんたは好きなんでしょ、蒼くんの事。」 好き…。いや、それ以上だと思う。 「龍介、人を好きなった事なさそうだから教えてあげるけど、好きな人には優しく接して、相手の都合もキチンときくもんよ。」 「煩せぇ。由里もさっさと続きを叩け!」 まぁ、『好き』そう言われると、全部辻褄が合う気もする。優しくしたい、笑った顔が見たい、独占したい、歪んだ顔も泣いた顔も色々な顔を自分だけのものにしたい。四方を囲って、そこで俺の事だけ考えて居て欲しい。おおよそ、好きと似ている。しかしこれは好きなんて軽い言葉では表現出来ないほどに、もっと複雑で深いものなんだと思う。

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