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電車の窓に映る自分が見える。前よりげっそりしている気がする…。あぁ、つい数ヶ月前まで、ほくほくとした気持ちで電車に乗っていたことを思い出して、切なくなる。俺は男でβだし、どうされても対して失うものなどないと割り切ってなんとか気持ちの均衡を保とうするが…。落ち込む。しかしこれから結婚という事を考えると、簡単に全てを投げ出しては逃げれない。何より雪子に知られなくない。まずは仕事を変えて、龍介さんと距離を取ろう。それが直近の目標だ。音楽に関われる今の仕事は気に入っていたので名残惜しいが、そんな悠長な事は言ってられない。今日帰ったら履歴書を書かねば。 ---- 「では、お疲れ様ですー!皆さん送りのバスに乗ってください〜。」 今日は渋谷でのライブリハーサルだった。都内なので機材と一緒にバスで来て帰りもバスだ。無事にリハーサルが終わったので、送迎バスへとぞろぞろ誘導される。前を歩く龍介さんを盗み見るが、瑛太さんを小突きながらメンバーでなにやら談笑しており、今日はこのまま帰れそうだと淡い期待が生まれる。 「あの、宮城さん、来週のライブについてやっぱりもう一度相談させてください。帰り際にすみません…。」 …いえ、ありがたいです。バスに乗らないということは、龍介さんに捕まることもなくなる!期待がさらに膨らむ。 「はい。大丈夫です。寧ろ、色々考えて頂きありがたいです。」 迷惑どころか、かなり嬉しい。でも何も知らない人相手に変な返事は出来ない。そのため平静を装う。それに最後の方は本心だ。声をかけてくれた彼は純粋に、ライブの事を考えてくれているだけなんだし。 呼ばれた方向に向かう俺を、龍介さんがちらりと見たことに俺は気づかなかった。 ---- 「うぁっ、雨か…。」 なんやかんやと白熱して話し込んでしまい、終わったのは小一時間後だった。元々曇り模様だった空は、今は厚い雨雲に覆われ雨を降らせていた。 「困った……どうやって戻るか…あ」 ライブ会場から駅までは少し距離がある。走ればあまり濡れず済むが、人混みだし、タクシーもつかまるかなぁと悩んで携帯に目を落とすと目の前に人影が。 「あ、…龍介さん…。」 顔をあげると傘を持った龍介さんが目の前にたっていた。思わず身構えてしまう。 「…蒼…」 ふらりと龍介さんがこちらへ歩いてくる。そのまま手を出して、抱きついてきた。そして俺の着ているコートの中に手を入れて体に絡めてくる。 「…っ!」 「…寒みー。」 「え?」 龍介さんは、リハーサルの時の格好のまま、薄いTシャツ1枚だった。皆がコートをきるこの時期に、しかも冷たい雨の日にこのカッコは寒いだろう…。 「龍介さん…もしかして、ずっと待っててくれたんですか?」 「……蒼、傘持ってなかったからな。直ぐに戻ってくると思って、瑛太に俺の荷物運ばせちゃったし。本当はタクシー呼んでおこうとしたんだけど、一台も捕まんねーしよ…。たくっ、クソ寒いー。」 そう言って、俺から身体を離した龍介さんはまだ寒そうだ。そうか、こんなに寒い中ずっと待っててくれたのか…。 「…ありがとうございます。助かります。」 本心だった。龍介さんはびっくりした顔をした後、照れたような焦ったような顔をして俺から目を逸らした。そしてまたいつもの斜に構えた笑いを漏らす。 「じゃ、このお礼は今夜してな。」 「え…いや……。と、とにかく、確か、今度のライブの物販用トレーナーが奥にあったと思うので、持ってきますね。」 際どい発言はあれど、時折こんな風に前みたいに優しい。ずっとこうだといいのに。 「はい。トレーナーです。」 「おう。」 「あ、待ってください。着る前に水滴拭いとかないと。」 龍介さんは濡れていたが、気にせずそのままパーカーを着ようとする。なのでそれを止め、ハンドタオルで龍介さんの身体の水滴を拭く。拭きながら怒られるかなとふと思ったが、龍介さんは黙ったままだ。 「…はは、なんか俺、めっちゃお世話されてる。」 「えと…すみません…。」 「ふっ、いや、嬉しい。」 そう言って龍介さんが満面の笑みを浮かべる。その笑顔はなんだか幼く無邪気に見えて、胸が痛くなる。俺が龍介さんの事を愛することはできない。寧ろ怖い。けれど嫌いになりきれない。なんで…俺は龍介さんの事を愛せないのかな。愛せたら…。或いは俺が女だったら…。そう考えて、こんな事考えるのは龍介さんに、なによりも雪子に申し訳ないと考えるのをやめる。龍介さんの気持ちは受け入れられない。それなら思わせぶりな馴れ合いは無い方がよい。そう思って、拭いていた手を引っ込める。 なんだかんだ言われたが、結局その日は龍介さんの家に連れ込まれることはなかった。その為久々に雪子との家に帰れた。凄く嬉しくて、嬉しさのあまり帰りにケーキも買ってしまった。 ---- 次の日は朝からラジオの打ち合わせだった。しかし朝から大騒動だった。 「龍介さんがまだ来ません!」 「おーい、猛獣使い!どうなってんだ!」 「すみません!電話しても全然出なくて…。」 「とりあえず、まだ本番まで日もあるから先方に謝って、打ち合わせのリスケしてこい!あと龍介の様子みてこい!午後も打ち合わせだろ!何としても引き摺り出してこいよ!はー、最近調子良かったのにな…。新人だった昔とは違うんだから、ドタキャンは無理だ!」 「はい…。私の管理が行き届いてなく、申し訳ありません…。」 まさにブチギレの上司に謝りつつ、不安な気持ちが胸を占める。この状況もだが、龍介さんの家に自ら出向くなんて。連絡が取れないって、なにか怒ってるのだろうか?龍介さんを心配すべきと頭では分かっているが、何より恐怖を強く感じてしまう。しかし私情で仕事を放棄出来ない。重い足取りで龍介さんの家に向かう。

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