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天気が良く、明るい朝の光がさす会議室で、にこやかに試験官が言った。 「素晴らしいお仕事をされていた様ですね。本日はありがとうございました。結果は追って連絡します。」 「はい。本日はお忙しいとこほ、貴重なお時間を頂きありがとうございました。」 俺はお礼を述べ、ぺこりと頭を下げて部屋を退席する。今日は転職面接だったのだ。中々好感触。音楽業界で無いのが心残りだが…。 (さて…) 事務所のある渋谷までの道を電車で向かいながら、心の中で呟く。喜ばしい事に龍介さん達は今やあらゆる番組に引っ張りだこで、今日の午後からも直ぐにまたテレビ番組の打ち合わせだ。いつも私服みたいな格好で通う職場なので、スーツでは違和感がある。仕事へ行く前に駅ビルで着替えなければ。着替え等が入った重たい紙袋を持ち、急ぎ足で渋谷駅を出て駅ビルを目指す。 「あれ?蒼ちゃん??蒼ちゃーん!」 遠くから呼ばれてギクリとする。振り向くと、満面の笑みで手を振る瑛太さん。と、その隣に龍介さん。 (まずい…) 「あ、と、…偶然ですね。」 「うん!本当!朝から練習してて、飯食ってきたとこ!ってか、蒼ちゃんスーツ!スーツもいいね!珍しい〜!」 瑛太さんが小走りでこちらに近寄ってくる。その後ろからゆったりと歩きながら龍介さんも近づいてくる。龍介さんはパーカーのフードを深々とかぶっておりよく見えはしないが、その奥の目がすっと探る様に細められた気がして動揺する。 なにか、何か言わないと…。転職とは言えないし、結婚式の下見…とかはもっての他だ。 「…っ、友達の結婚祝いパーティーがあって……あの…、海外で挙式だったので、お披露目パーティーみたいなもので…。」 「そうなんだ!」 瑛太さんはあっさりと頷いてくれる。しかし龍介さんは少し首を傾けて、納得したような、していないような様子だ。 「けど午前中だけで抜けてきたの?お酒めなかったでしょ!本当に蒼ちゃんは社畜なんだからー!」 瑛太さんは「でも俺らの為か!ありがとう!」等と言ってニコニコしており、嘘をついている事への罪悪感がつのる。 「…あの、俺、ちょっとスーツが動きにくくて疲れちゃって、駅ビルで着替えて事務所に向かいます。お2人は先に行ってて下さい。」 「はーい!じゃ、またね!」 「…瑛太、先行ってて。俺もトイレ寄ってから向かうわ。」 え。 「えー、もー、龍さんの頻尿ー!分かった。」 瑛太さんがブーブー言いながら事務所の方へ向かう。俺と龍介さんは別方向の駅ビルへと向かった。 --- 「…何でスーツきてんの。」 「…それは…、友達のパーティーだったので…」 「…はっ。」 並んで歩いて駅ビルに入り、トイレの案内板が見えてきた所で、龍介さんが再び聞いてくる。俺は先ほどの嘘の言い訳を述べるが、龍介さんに鼻で笑われる。 「嘘ついてんじゃねーよ。」 そう言うや否や、腕を引かれてそのままトイレの個室に押し込められる。まだ出来て間もない駅ビルの個室は広々としており綺麗であるが、そんな事を考えている暇はなかった。 ドンッ 「蒼。蒼は誰のもんだよ。」 「…ぅっ!あっ!」 個室内のドアに体を強く押し付けられ、呻き声を上げてしまう。 「なに?聞こえないんだけど。」 「……ぐっ!」 ぐっとネクタイを引かれ、俯いていた顔を強制的に上へ向かせられる。 「ふっ……!りゅ、…りゅ、けさ、っ…のっ!」 「そうだろがよ。」 「ふぅっ…ふぅっ……うぅ!!」 俺の回答に満足気笑った後、龍介さんは俺の首を離してくれた。 「ふふふ、顔真っ赤で涙目。可愛いな。」 「…っ!」 龍介さんは俺の前髪を掴み自分へ引き寄せ、まじまじと俺の顔をみて微笑んだ。そして俺の唇をペロリと舐め、うっとりと呟く。異様な龍介さんの様子に俺は震えてしまう。 「で?ご主人様に下嘘ついてんじゃねーよ。」 「嘘、じゃ……ないです。」 龍介さんに更に凄まれて、目を逸らしたくなるが、ぐっと堪えて答える。震えを悟られたくない…。数分間そのまま睨まれ、龍介さんの眉間のシワがより一層深まる。 「ちっ。下手な嘘ついても、自分の首を締めるだけだからな。」 漸く諦めた様で、龍介さんの手が離される。内心ホッとする。しかし、確かに…。嘘をついた手前、もう引き返せない。バレたらと思うと恐ろしい。 兎に角、今は、着替えて、仕事に向かって…。 「!」 ぐっと腕を引かれたと思ったら、龍介さんが俺の腕時計を見ていた。 「次の打ち合わせまで1時間半か…」 え、 「時間までなにさせようかなぁ。」 顔を上げると、口端を上げ笑う龍介さんと目が合い、目の前が暗くなる。

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