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テレビ番組の収録中、俺は目の前の光景に驚き入っていた。この番組の目玉企画。それは、 「……凄っ!」 龍介さんはまさに音楽の才溢れるという言葉がピッタリな人だが、その理由がこれな気がした。龍介さんの両親として紹介されたのは、世界的にも有名なバイオリニストと指揮者だった。そして、ご両親めちゃくちゃ綺麗…絵になる家族だ。 「驚きだよね…。」 俺が感嘆の声を上げると、その隣で目を丸くした瑛太さんが同意の声を挙げる。今回は龍介さんがメインの企画のため、他のメンバーは一旦退席していた。 「ですよね…。龍介さんのご両親って、めちゃくちゃ大物夫婦だったんですね…。龍介さんはお父さん似かぁ…。」 「あ、いやいや。そうじゃなくて」 「え?」 「てか、蒼ちゃーん。流石に俺、知ってたよ。」 「っあ…ですよね。」 呆れたように瑛太さんに言われ、俺はちょっと恥ずかしくなる。当たり前か…。プライベートはあまり付き合わないメンバーだが、一応俺よりも龍介さんと瑛太さんは友達って感じあるし、なにより付き合いが長い。 「俺が驚いているのは、龍さんが親との出演をOKしたこと。」 「え、仲悪いんですか?良さそうに見えますけど…。」 「いやいやいや!!龍さんは死ぬ程親の事を嫌ってたよ!親は龍さん大好きそうだけど、基本龍さんは親ガン無視。一回デビューの時に親を引き合いに出すとかなんとかでかなり揉めて、それ以降はしちゃいけない話ですらあったし。」 あぁ、恐ろしい恐ろしいと呟く瑛太さんを見て、俺は首を傾げた。だって、目の前の親子はとても仲良さげで、まさに幸せな理想の家族って感じで。でも確かに、元々は俺も結構な龍介さんファンだったけど龍介さんの親の話は全然聞いた事がなかった。 「ランキングで一位も取れたので、そろそろ公表してもよいかなと思ったんです。」 「私たち夫婦も、龍介の力になれないかと何回か提案はしていたんですが、毎回断られて。今回は本当にいい機会でした。何より家族なんだと再確認出来たみたいで嬉しくて…!」 ? 涙ぐむご両親に対し、龍介さんは目線を反対方向に逸らして口の端を歪めた気がした。嘲笑うような、呆れたような…。いづれも負の感情が見えた気がした。しかし次の瞬間はまた微笑みながら両親をみているので、気のせいかな? なんにせよ、これでまた龍介さんのバンドの売れ行きはうなぎ上りだろう。凄いなぁ。もはや雲の上の人になりつつある。これくらいの距離でずっといたい。これが良い。こうしていたい。 そう考えて、俺はなんて都合が良いんだろうと、恥ずかしさがこみ上げ落ち込んでしまう。いつかけじめは自分でつけるなければ。 ブルルー 考えていると、スマホが振動してハッとする。そろそろ…、結果が来る頃だった。 「…………やった…。」 「え?」 「いえ!なんでもありませんっ!」 俺は届いたメールの内容をみて小さく歓喜の声あげる。隣にいた瑛太さんに不思議そうにみられて慌てて誤魔化した。 【採用内定のご通知】 遂に…。次の仕事は全く違う業界だし、未練もあるし、不安もある。しかし俺が今の仕事を辞めたら色々な縛りもなくなり、龍介さんに会う回数は確実に減る。龍介さんはこれからもっと売れて、華々しい世界で生きるんだろう。そしたらきっと龍介さんも気づくはずだ。今の狂った関係はおかしくて、幕引きすべきだと。 そう思うと久方に身体の力が抜けて、安堵の気持ちが溢れる。いや、まだ、最後まで気を引き締めていかねば。俺はスタジオの隅っこで小さく自分に喝を入れた。 --- 行けと言われて来たが、呼び鈴を押す手が震える。 どう言われるんだろう。 何か…されないかな。 いや、大丈夫だよな。この頃は、変なことされていないし…。 俺はぼんやりと昨日の事を思い出した。 内定を受諾したものの、中々都合が合わず、俺が上司に退職の話を出来たのは数週間が経った頃だった。龍介さんのバンドはというと、龍介さんのご両親効果もありかなりの話題になり、認知度は飛躍的に上がった。それに伴い、龍介さんのバンドの人気は今や青天井状態だ。 それまではほぼ毎日龍介さんに変な事をさていたが、あの日以来そんな事は一度もなかった。 売れた事により、色々な人に会う機会も増え、龍介さんの世界も確実に広がったはずだ。きっと、もっと良い相手を見つけたのかもしれない。 俺が上司に退職の旨を伝えると、上司はさらにその上に伝えるから、それまでは他言しない様にと言われた。当たり前の対応だから従った。 「宮城くーん。」 「はい。え!?」 上司に話して程なく、俺はオフィスで名前を呼ばれて反応するが、俺の名前を呼んだ人はかなり意外な人物で、俺は一瞬固まってしまった。 「氷川さん、どうかされました?!」 慌てて相手へ駆け寄る。役員クラスの人が俺に一体どんな用事だというのだ。 俺はそのまま氷川さんに個室へ連れて行かれた。 「宮城くん、辞めちゃうんだって?」 「…はい。やはり、ちょっと、この業界は自分に合わなくて…。」 本当は辞めたくないし、この業界は好きだ。でもこのままでは俺の人生全てが龍介さんに侵食され、喰らい尽くされそうで怖い。全ては手に入らない。仕方ないんだ…。 「正直、私は宮城くんを高く評価していてね、やめて欲しくない。昇給してもよいんだが。」 「…すみません…。もう、決めた事なので。」 「そうか…。困ったな。」 「すみません…。」 「いやいや、じゃあお願いなんだが、」 氷川さんは、まず担当していた龍介さんに話を通してこいと言った。客観的にみて、当たり前の意見なので、俺は頷くしか出来なかった。怖いけど、いつかはしっかり対峙すべき事で、それの時がきたのだ。 そうだ。今がその時だ。逃げてはいられない。それにきっと、龍介さんにとって俺との事は何でもない遊びみたいなものだったんだ。気にする事ない。大丈夫だ。大丈夫。しっかりと自分の意見を伝えて、俺は雪子との家に帰るんだ。俺は意を決して、龍介さんのマンションの呼び鈴を鳴らした。 「おー、蒼!久しぶりだな。ドア開けるわ。」 ガチャ ん?何となく、龍介さんに違和感を感じるが、オートロックが開いたのでぐずぐずも出来ず、俺はマンションのエレベーターに向かった。龍介さんの部屋の階ボタンを押すと、俺の気持ちに反してエレベーターは緩やかに上昇する。 「…よっ!」 部屋の呼び鈴を押すと、龍介さんが顔を出す。あれ、やっぱり。なんか…呑んでる? 先程感じた違和感の正体がわかった。龍介さんは呑むと雰囲気が丸くなる。平たく言うと陽気になる。今はまさにそんな感じ。狡いとは思いながらも、これなら上手く話して帰れるかもと安心してしまう。 「龍介さん、呑んでいたのですか?」 「ははは、うんうん。そうそう。今日はお祝い。」 「?」 靴を脱ぎ龍介さんの部屋に入りつつ、疑問を口にする。龍介さんは軽く笑いながら答えてくれた。無邪気な笑顔。やはりか。よく見たら、龍介さんは小さなビール瓶を手に持ってる。龍介さん、クラフトビール大好きだからな。しかし、お祝い?なんの??

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