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「わー、凄いご飯も。何のお祝いですか?」 リビングに入ると、テーブルの上には色々なつまみが並べてあった。 「ははは、いいだろ〜。ただ俺、料理得意じゃないから、買ったものばかりだけど。ほら、蒼が好きなクリームチーズの漬けあるぞ。あと、日本酒持ってくるな〜。蒼が好きなの買ってる。」 「へ?はい…?」 あれ、俺も呑む感じ?俺の好物あるって…何で?何のお祝いか聞くもはぐらかされ、曖昧に笑い流されるままに席についてしまった。 「蒼ってさー本当は日本酒が1番好きじゃん?最初から日本酒飲みたいはずなのに、飲み会では皆に合わせて最初はビールとか言っちゃって。」 「は、ははは…」 バレてたの…。いや、まて、そうじゃなくて、なんで今??俺は訳もわからないのに、合わせて曖昧に笑った。 「そゆとこ、可愛い」 「えぇ?はぁ…。ありがとうございます。」 なんの話?龍介さんは酔っ払ってるせいか、話がイマイチ通じない。そもそも、誰とのお祝い?え?俺と??何で? 疑問符が頭を締める。 「あと、案外好みがおっさんだよな〜。いや、通り越して爺さんかな?はははは。気付いたら、漬物ポリポリ食べてるし。まぁ、そんなとこもギャップ?で案外好き。」 「はぁ……。」 確かに、俺は特にお酒に弱い訳ではなく日本酒をよく飲む。それ故に日本酒に合う漬物が好きだし、野菜も好きで、好物はまさに年寄りだ。しかしなんだろ。龍介さんのこのハイテンション。さっきからずっとニコニコと饒舌に話している。珍しい。こんな上機嫌見た事がない。幾ら酔っているとはいえ、いつもと違い過ぎる。言い知れない不安を感じる。 「あの、龍介さん。ご飯やお酒、嬉しいですが、…これは何のお祝いですか?」 流石にこれ以上は不気味で尋ねるも、龍介さんは優しく微笑むだけだ。満たされた様な、幸せの絶頂って感じの、なんとも言えない笑顔だ。思わずその笑顔に見入ってしまう。 「スタジオをちょこちょこ駆け足で回ってさ、一生懸命な姿を奥から見るのも好きなんだよなー。」 「龍介さん!」 話が噛み合わなすぎて、不気味で、思わず強めに名前を呼んでしまう。ちょっと…、怖いよ…。しかし龍介さんは全く意に介さない様子で話を続ける。 「…でも、他の奴とベタベタされるのはホント嫌い。」 「…」 龍介さんは少し苛つきを帯びた低い声でそういうと、静かに席を立ち、調理台の前に移動した。俺の中で何かがざわざわと騒ぎ始める。 「ね、蒼、こっち。ちょっと来てくれる?」 怖い。こんな事は何度かあった。進みたくなくても、逆らえない。αに支配される。おずおずと俺が近寄ると、龍介さんは満足気に笑みを深め、俺を見つめながらビールをまた一口飲んだ。目線を逸らしたいのに、そらせない。操り人形になった様な、奇妙な感覚を覚える。 「……あっ、と……野菜、洗いますか?」 「あー、そこのトマト洗って?」 「はい。」 俺は何とかしようと、無理矢理に話すと、龍介さんは案外普通に答えてくれた。ビビっていたのが拍子抜けな位、普通に会話が成立した。一体さっきまでのはなんだったのだろう? 俺は蛇口を捻ってボールに水を入れる。 ドドドドドドドー 「………」 「……」 広い流しに大きなボール。そこに水を溜める音がやけに大きく感じた。 「でさ、俺は彼女と他の奴がベタベタするとすんげー苛つく。」 「は?」 まだ続いてたの? 龍介さんは優しい笑顔を俺に向けてきた。 「まぁ、それもこれももう終わり。」 「…あっ」 急に体ごとこちらを見てきた龍介さんに、俺は目丸くして龍介さんに見入ってしまった。 終わった?何が? 龍介さんはそんな俺をふっと笑い、水道を止めた。シンクの前には俺がいたので、俺のすぐ横を龍介さんの手がかすめ、俺はびくりとしてしまった。 「あ、俺、水道……す、すいません…」 「ふふふ…」 相変わらずらしくない優しい笑顔を貼り付けた龍介さんが、俺の頬に手を添えて笑った。優しい龍介さんの柔らかい笑顔に反し、俺には戦慄が走る。 「はぁ…、でも俺さ、実は彼女とか初めて。今までのはどうでもいい奴ばっか。苛々するとか、貴重な体験をありがとなー。」 「…」 彼女って……いや、まさか。でもそのまさかなら、それは…ハッキリ断らないと。俺はゴクリと唾を飲み込み、意を決して話し始める。 「りゅっ「あと俺、実は微妙に潔癖症。」 「は…、え??」 口を開こうとするが、また話が飛んで、思わず聞き返してしまう。どうしたんだ…。何が言いたいんだ…。全然話が掴めない。 するりと龍介さんの親指が俺の唇を撫でた。 「だから、蒼が他の女とキスしてて、俺とのキスはその後かなーとか、考えちゃうのがすっげー嫌だった。色の塗り重ねみたいで汚いじゃん?」 愛おし気に唇を触られ、俺は龍介さんの奇行に固まってしまう。なんで、そんな…。 「はは、ぼーとしてんな。ダメだろー。蒼は俺の言った事、全部覚えないとなー。」 「え?」 龍介さんの手は次はするりと周り、俺の後頭部に回されていた。相変わらず優しい笑顔のままだ。親指で緩く後頭部を撫でられた。 「だって、蒼は俺の彼女で、これからずっとここにいるんだから。」 「?………っ!」 なんの話だと聞き返す前に、後頭部にあった龍介さんの手に力が込められ、俺は前のめりに倒れそうになる。 バシャッン! なんとか手をシンクにつくも、俺はそのまま溜めていた水に顔を押さえ込まれる。目の端で、赤いトマトがグルグルと回るのが見えた。顔が…、冷たい…、息が…苦しい…くるしいっ! 俺は突然の事に一瞬思考が追いつかないが、瞬時に襲う酸欠の苦しさに激しくもがいた。しかし水が溢れるだけで、龍介さんの手は緩まない。 「…!!ぶはぁっっ!はぁーーっっ!ハァッハァッハァッハァッ…」 「これで綺麗になったかなぁー?」 俺はやっと解放されて、思わずその場に蹲り、胸に手を当て必死になって息をする。龍介さんは屈み、俺を覗き込みながら俺の頭を撫でた。 「はは、本当は記念のセックスは、全身、中も、外も、丸洗いして、それからしたかったけど…やっぱ蒼に会っちゃうと、俺、我慢できないし、それはまた後ちゃんとやろうな?とりあえず、」 龍介さんは、ゲホゲホと咳き込む俺の後頭部を掴み無理矢理立たせ、俺の耳に口を寄せ言った。言葉を直接、俺の脳内に流し込む様に。 「蒼、これでやっと俺のものだね。」 ペロリと口の端を舐めて、龍介さんが呟いた。 「今日はな、名実共に、晴れて蒼が俺のものになったお祝い。」 ……え?今、なんて? 俺はその言葉にサッと血の気が引く。

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