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「蒼、はよ…。」 「おはようございます。」 俺は寝室から出てきた龍介さんに向かって挨拶をした。もう朝の11時過ぎだが、寝起きの龍介さんはまだぼんやりとして、頭には寝癖がついている。昨日あの後、龍介さんは遅くまで楽曲作成をしていたようだった。元気だな、など失礼な事を考えてしまう。 龍介さんはそのまま、のそりとキッチンの前にあるダイニングテーブルに座った。俺はコーヒーをカップに注ぎ、龍介さんに持って行った。 「…さんきゅ。」 龍介さんはそう一言ぼつりと呟きズルズルとコーヒーを飲んだ。俺はこの時間が好きだ。好きだというか、この時間のお陰で辛うじて正気を保てている気がする。 元々人の世話をやくのは好きなので、掃除に炊事は全て俺がやっていた。やらかしたら、それは、ずっと寝室から出れなくなるが…。この家から出られない生活の中で、唯一人らしい事が出来るのは家事をする事くらい。 「蒼、薬飲んだ?」 「……まだです。」 「そっか、なら飲んどけよ。今日、玲次くる。蒼を診てもらうから。」 「はい。」 玲次さんは龍介さんの友達で、研修医をしている。そのつてで、俺はある薬を龍介さんに渡され、毎日飲まされている。人のバース性をΩに変える新薬らしい。当初、そんな話は信じていなかった。しかし最近… 「何、蒼?ぼーとしてんの?体調悪い?」 「っ!…いえ…。」 「…ふーん。」 皿を洗っていると、龍介さんが後ろから抱きしめてきた。実は俺には最近戸惑っている事がある。まさに、今みたいな時。最近、龍介さんから心地良い様な、怖い様な…焦燥感を感じる香りがする。今までは感じなかったものだ。これはもしや、αのフェロモン?だとしたら、それを嗅ぎ分けビクつく俺は?なに? 「何考えてんの?」 龍介さんの目が鋭くなる。 「あ、いえ……。お昼ご飯を何にしようかなと…。」 こんな戸惑い、絶対に龍介さんには悟られてはいけない。 「うどん食べたい。……はぁー」 龍介さんが俺の首元に顔を埋めてくる。 「なんか、最近、蒼、凄くいい匂いする。気のせいかなぁ?」 そして、ぎゅっと抱きしめてくる。 「…っ」 内心ビクつく。 だって、この状況…。まるで虎の折に投げ込まれた生き餌の気分だ。もし俺が本当にΩになったら、龍介さんは直ぐに番契約を結びそうだ。そしたら俺は、もう龍介さんからは離れられなくなる。そうすると…きっと何かが終わる。 「今何時?」 「11時半です。」 「ん、玲次来るのが15時だから、やれるな。」 「あ、」 龍介さんの笑う声に、体が固くなる。嫌だ。怖い。急に鎖がついた右足が重たく感じる。 ----- 俺は立った姿勢のまま、龍介さんに後ろから突かれていた。ずり落ちそうになりながら、必死に姿勢を維持する。 「っ、ふっっ、……んっ、やっ、だめっ、ぅっっ!」 「あ?ダメじゃっ、はっ、ねーだろ?」 「き、気持ちっ……!ぅっ、ふぅっ……きもちっっ!」 気持ちいい…。以前よりも早く、以前よりも強く感じる。それが恐ろしくて、口に出したくなかった。 「はっ、蒼、前よりも直ぐに俺を受け入れて、よがっちゃって…」 「……!」 「何でかな?」 ふふっと龍介さんが笑う。 ガリッ 「うわぁっっっ!!」 「はっ、なに?そんなに好きだった?項。」 「………っ、」 龍介さんに軽く項を噛まれた。今まではなんでもなかったその行為が、今の俺には異様な程怖かった。行為中に項を触られると、全身が総毛立ち頭の中で警鐘がなる。 怯えて震える俺を龍介さんは更に強く抱き寄せ、しつこく項を舐めてくる。その度に、俺の体は大袈裟にビクつく。 「ははっ、なぁ、どうした?」 「ふぅっっ……!!」 「何でそんなビクついてんのかなぁ??ははっ。」 きっと、龍介さんも薄々勘付いている。この変化がバレるのは、きっとそう遠くない未来。 ---- 「蒼耶、まだ逃げる気あるか?」 「え?」 玲次さんが俺の採血をしながら、ポツリと聞いて来た。突然の事で俺は固まってしまった。龍介さんは部屋を離れているが、これは本心を言っても良いのだろうか? 「ここから出してやる。でも、蒼耶がずっとここに居たいならいい。聞かなかった事にしろ。」 「いえっ!出たいっ!!出たいですっ!」 玲次さんはいつものごとく淡々と言うので、何処までが本気か分からない。でも食いついてしまう。俺ももう、終わりが近い事が分かっていたから。 「だよな。出してやる。次の採血日に準備してくる。その時についてこい。」 「…あのっ、嬉しいのですが…何故…」 「お前、限界だろ。」 玲次さんのアーモンド型の目がこちらを真っ直ぐに見据えた。玲次さんの澄んだ漆黒の瞳に引き込まれそうだ。 「…はい。」 それを聞いて、玲次さんは「はぁ」とため息をついた。 「龍介は、付き合いが長いだけじゃなくて、俺の弟によく似てる。だから、まぁ……あれだ。幸せになって欲しい。…いや、蒼耶といるのがどうのではなくて。」 こちらの様子をチラリと見て、玲次さんは付け加えた。 玲次さんは雰囲気に隙が無く、目つきは鋭くて背丈も高くてがっしりとた体をしている。正に強いα。それに表情の乏しさも相極まり、冷淡そうにみえる。しかし本当のところかなり優しい人に思える。 「その為には、蒼耶は一度ここを出る必要がある。」 「そうですね…。はい。俺もそう思います。」 次、玲次さんに会うのは2週間後。それまでに、今の綱渡りのような生活でもつのか、不安もある。しかしそこまでは何とか持ち堪えなければ。

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