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後・第1話

 付き合ってみる? とか言って、もう2週間になる。それなりに忙しくしていれば、あっという間の時間だ。  学業にバイトに友達と遊んでいればそうすぐに過ぎる時間だろう。うん、わかってる。それはまあさておいて。  井川くんが、近づいて来ない。  バイト先で一緒になっても、触れ合えるような距離には近づいて来ないし、その後の誘いにも乗ってこない。大学でも、遠巻きに視線は感じはするものの、振り返ればすぐに逃げられる。アドレスは交換できたものの、向こうからのメールはなく、俺への返信は素っ気ない。 『今度の日曜、井川くんもバイトお休みだったよね? 用事がないようなら遊びに行かない?』 『大丈夫です。ありがとうございます。すいません』  大丈夫です、というのは、何がどう大丈夫なんだろうか。すいません、ね。断られているのはわかった。  返事がくるまでの時間もえらく長い。待ちに待っての返信がこれだ。俺だって凹む。あのときの積極性はどこにいったのだろうか。  井川くんの指の感触を思い出す。首筋をテンテンテンと撫でられた。顔を真っ赤にして、キスをされた。拙い、けれど真剣に告白をしてくれた。  ――あんなに熱の籠もった告白を受けたのは初めてだった。勇気を振り絞ってくれたんだと思うと、同性だということを忘れて、心を揺り動かされた。  いいなぁなんて思わされた。  それなのにこの仕打ちだ。 「おーい、講義終わったぞ。黒島、いつまで座ってんの? えらいぐだってんねえ」  ぺしぺし後頭部を叩かれた。顔を上げれば、同学年同学部のサークル仲間でありバイト仲間、山野と、誰だったか顔には覚えのある女性が立っていた。   「あー、うん。コンニチハ」 「なんで片言なんだよ。何、バイト明け?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど」 「なになに、恋のお悩み中かぁ?」 「なんでその一択なんだよ」  その通りだよ。  深く溜息を吐く。こうせっかくお付き合いをしているのだから、もっとこうお互いに話をしたり、くっついたり、遊びに行ったり、俺はしたいわけだよ。というか、普通そうなんじゃないのか。  付き合い始めたばっかりなんだし、井川くんのこと、俺、よく知らないし。 「……最近、どうよ。店長、山野くんはなかなかシフトに入ってくれないって嘆いてたぞ」 「悪い、悪い。忙しくてさ」 「遊ぶのにだろ。いやまぁいいんだけどさ、あー、ほら、前に話していた井川くん、その後一緒になったりしたの? 無口で無愛想な美少年くんは」  そうそう山野はそう言っていたんだ。こいつも歓迎会で井川くんに会っているはずだが、すっかり忘れていたようだ。  忘れている、のか、井川くんが変わったのか。確か、カーディガンを貸したときの井川くんは髪もぼさぼさでもっと野暮ったかったような記憶がある。  もしかしたら、俺のために変わろうとしてくれたのかなぁなんて、自惚れか。 「それな! 驚きなんだけど、何回か一緒になったかなー、最近も1回。前よりもガード柔らかくなっててさ、なんか色々話できたんだわ」 「あ?」 「なんだろ、普段の大学でのこととか、サークルのこととか、知らなかったけど、彼もH大だったんだってさ! ああ、あと、恋愛相談とか」 「は?」 「まぁ、俺から突っ込んで聞いていったってのもあるんだけど」  いやいやいや、井川くん何なの。  誰にでも、ああいうふうに話しかけたりできるの。俺は、俺こそ、そういう話がしたいのに。 「何だよ、黒島。顔怖いぞー。嫉妬か? 井川ちゃんのこと気になってたのか?」 「別に」 「男だけど、可愛いもんな-、井川ちゃん。話してみたら意外と感情豊かというか、素直だし」 「別に!」  勢いよく立ち上がる。「何怒ってんだよ」、山野が目を丸くしている。そりゃ驚くよな。俺だって驚いている。  そうか。 俺は、俺が考えているよりもずっと、あの告白が嬉しかったんだ。   「な、それよりさ! お前今フリーだろ?」  首に腕を回され、顔を寄せられる。そのまま山野は後ろを指さした。あの女性がいる方向だ。なんだ、お前の彼女か。彼女自慢か、ちくしょう。 「あの子と付き合わない? サークルの後輩ちゃん。お前のこと気になるんだって」    ***    山野さんには、怖いイメージがあった。それは今も変わらない。怖い、というか、俺とは人種がまるで違う。相手にされないだろうなと、そう思っていた。  けれど、思い切って話しかけてみると、予想以上に相手をしてくれた。  黒島さんの、普段の様子とか聞けたら嬉しいなっていうくらいの気持ちだったのに、あっという間に山野さんのペースに巻き込まれて、たくさん話ができた。 「そっか、井川ちゃん、付き合ってる子いるんだあ!」 「つ、付き合って、というか、その、好きな人が、いて」 「いけるいける、井川ちゃんなら、押したらいけるよー!」 「そう、でしょうか」  気持ち悪いって拒否されないで、普段どおりに接してもらえているだけで充分ありがたいのに、遊びにまで誘ってくれる黒島さんは本当に優しい。  行きたかったけど、すごく行きたかったけど、俺に貴重な休みを使わせるのは申し訳なくて断った。   「好きな子と行くデートはどこ行っても楽しいよ!」 「デート、いいですね」  いつか、黒島さんと行けたらいいなあ。無理かな。  

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