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第2話 合同実習に向けて

   大噛学園は全寮制男子校だ。  ごく少数のアルファと多数のオメガ、それから少しのベータにより構成されている。  本来ならオメガは希少な性でアルファよりも数が少ないのだけれど、この学園の中でだけは例外だった。  なぜならここは、アルファがハーレムをつくるための場所だから。そのために全国から番のいないオメガが集められていた。  力のあるアルファはより優秀な遺伝子を残すため、多くのオメガを囲いたい。  か弱いアルファは自分の身を守るためにアルファからの庇護を必要とした。  双方の利害が一致して、将来の嫁候補の集団である【群れ(ハーレム)】という仕組みが生まれたらしい。  そういうわけで、俺もここで自分の群れを手に入れることを目標にしている。  ――しかし。すでに入学してひと月が経とうというのに、なぜだかまともな会話もろくにできずにいる。  そもそもどうやってオメガと知り合うのかすら検討がつかない。  基本、アルファはアルファ、オメガはオメガでクラスが別れていて校舎も別だ。たまに擦れちがうことくらいはあるけれど、本当に擦れちがって終わるだけだし。  とはいえ、同じ条件であるはずの他のアルファはしっかりと自分のオメガを掴まえているんだから、俺だけ出会いがないっていうのも不自然な話だった。  なら、俺自身になにか問題があるってこと?  優性アルファ並みに高い能力はないにしても、ある程度のことはそれなりにできると思っている。強いて問題としてあげるならフェロモンが薄いらしいことか。  ううーん、わからない。  ……いっそのことクラスメートにどうやってオメガを群れに誘ったのか聞いてみるか。  そんな考えが過ったけれど、今現在俺に友人と呼べるほど仲のいいクラスメートはいなかった。  小中学と幼馴染みにくっついてベータの学校に無理やり通っていたせいか、アルファとの接し方がいまいちわからずにいる。  あとは幼馴染みといることが落ち着きすぎるあまり、βクラスに入り浸っているのも友人ができない原因の一つかもしれない。  βクラスに行く頻度を少し落とそうかとも考えたけど、物心つく前からのつき合いで、傍にいることが当たり前の存在なのでどうにも気が進まなかった。  しかも無理を言って他に知り合いもいない学校に進学してもらったので、俺が顔を出さないと寂しい思いをさせてしまう可能性がある。  やっぱりだめだだめだ。  頭を抱えていると、教室に担任の声が響いた。 「いま配った相性診断シートは、今月アルファとオメガで行う合同実習のペア決めで使用する」  オメガとの合同実習。その存在は噂に聞いてはいたけれど、実際に行うのははじめてだ。 「ちなみに当たり前だが、この実習に参加するのはまだどこの群れにも入っていないオメガだ。群れに加えるチャンスだからな、しっかりとこの機会をいかすように!」  その言葉にざわりと教室内が色めきたつ。 「なあ。三年のシズク先輩ってまだフリーだったよな」 「じゃあシズク先輩とペアになる可能性もあるってことか?」  近くの席のアルファたちが興奮した様子で盛り上がっていると、耳敏くそれを聞きつけた担任がにやりと笑みを浮かべる。 「もちろん、相性診断シートの結果しだいではハナサキとペアになる可能性も否定はしない」 「まじかよ……」  担任からそれを聞いた途端、数名いるクラスメートのほとんどが勢いよく手もとの診断シートに食いついた。  屋上での一件ではじめてシズク先輩を知った俺とはちがって、他のアルファたちは早くからシズク先輩という存在を知っていたようだ。  確かにあんな飛び抜けた美人であれば、マークしているアルファが多いことにも頷ける。  シズク先輩は綺麗で優しいだけじゃなくて、とても芯の強いひとだ。彼のようなひとを群れに迎えられるアルファは幸せ者だろう。  現在群れすら持たない俺には、そんな贅沢な夢をみる余裕もないけれど。  とにかく、シズク先輩には幸せになれる相手とめぐり逢ってほしいと思った。  そして俺は俺で、幸せにできる相手を見つけなければ。  そう決意して、手もとの相性診断シートに手をつけた。 ◇◇◇◇ 「ふーん。それでそのペアとやらはいつ決まんの?」  休み時間。俺は幼馴染みのいるβクラスへ遊びにきていた。  机に肘をつきながら、幼馴染みであるモトキがさして興味もなさそうに合同実習のことを尋ねてくる。 「一応、来週中にはわかる予定」  ペアがいったい誰になるのか、考えるだけで今から胸が高鳴る。  入学一ヶ月目にしてようやく叶ったオメガとの接触の機会だ。絶対ものにしたかった。 「チアキさ。それでオメガ掴まえられないとやばいよな? お前んとこのクラスで独り者って、もうチアキだけなんだろ」 「わかってるよ……」  幼馴染みからの指摘に心臓がえぐられる。そのとおりなのだけど、もう少し遠慮というか、気遣いがほしい。  胸を押さえながらへこんでいると、モトキがジッとこちらを見つめてくる。 「よく見たらまあまあ整ってはいるんだけどさ、お前ぱっと見ベータだもんな。性格もなんかアルファっぽくないし? フェロモン激薄だし? こりゃオメガにアルファだって気づかれてない可能性が高いんじゃないの」  正直胸をえぐられるどころではない威力の攻撃だった。  フェロモンが薄いと言われることはあったけど、まさかオメガに気づかれないレベルでの問題なのだろうか。  いやしかし、そこまでフェロモンの薄いアルファの話なんて聞いたことがないし、少し、大袈裟すぎるんじゃ……。 「いやでも、さすがに」  それはないんじゃないかと言いかけて、シズク先輩の一件が頭をよぎった。  そういえば最近シズク先輩にもベータにまちがわれたばかりだ。  でもそんなまさか――。  大噛学園に入るまではオメガと接する機会がなかったため、なんの疑問も抱かなかった。  もしモトキの推測どおりだとしたら悲惨すぎる。 「聞いた話だと三年のホムラ・レンジョウ先輩は学園内歩くだけでオメガがホイホイ釣れるらしいぜ。同じアルファでもここまでちがうんだから、残酷だよな」  幼馴染みからもたらされた情報に愕然とする。  そこらを歩くだけでそんなことになるなんて、どれだけ差があるというのか。  モトキの話が本当の話なら羨ましい限りだが、そこまで次元がちがうともはや妬みさえ生まれない。  それに、ホムラを知っている分納得もする。あれだけアルファくさいアルファだ。入れ食い状態だったとしても不思議じゃない。  ただ、それだけ規模が大きいというのにさらにシズク先輩まで群れに入れようなんて、なんて欲深さなんだ。けしからん。  だいたいいくら学園内にオメガの数が多くてアルファの数が少ないといったって限度はある。  あまり多くのオメガを囲いこまれると俺のようなアルファにオメガが回ってこないじゃないか……!  切実にやめてほしかった。 「まあ薄いっていってもないわけじゃないだろうし、相性も関係あるだろうから。そこまで落ちこまなくていいんじゃないか? チアキはまずオメガと接触してないのが一番の問題だろうから、とりあえず合同実習がんばれ?」  フォローのつもりなのか、散々落としまくったあとで励ましてくる幼馴染みに、じっとりとした視線を投げやる。 「なんで疑問系なんだよ」 「これでも応援してやってるんだ。もしお前が卒業までハーレムつくれなかったら可哀想だから嫁にいってやってもいいぜ。お前んとこ金あるし」 「! モトキ! ……って、お前ベータだろう」  一瞬だけ感激して、けどすぐにベータでは子供ができないことに気がついて肩を落とす。  そして金目当てなのか。 「そこは贅沢いうな?」  そんな俺の肩を叩き、モトキがにっこりと微笑む。 「……」  まあ、そのときは仕方ないか。  ベータと結婚するアルファがいないわけではないし、一生独り身で過ごすよりは幼馴染みに傍にいてもらった方が幸せなのはまちがいない。  それにモトキは口こそ悪いけど、意外に幼馴染み想いでいい奴だ。  もしモトキがオメガだったら一番最初に群れに誘っていたんじゃないかとも思う。  そんなこんなで、万が一のときの保険を得ることができた俺は、来たときより軽い足どりでβクラスを後にしたのだった。  

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