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第5話 マオとバスケットボール

「あ、タオル忘れた」  朝の体育の授業で使ったタオルを忘れてきてしまったことに気づいて、四限目が終わってすぐ体育館に向かう。  まあまあ離れた距離にある体育館へようやく辿り着くと、タンタンとボールの跳ねる音が館内を響かせていた。 「?」  前の授業で体育館を使用した生徒がまだ残っているのだろうか。  首を傾げながら中へ入ると、バスケットゴールから何メートルか離れた場所に小柄な生徒がひとり立っていた。  ふわふわとしたやわらかそうな髪を乱して、丸い額から汗を流している。  大きな瞳は真剣にゴールを見据えていた。  けれどその手から放たれたボールはゴールに届く前にあえなく落下してしまう。 「もー! 全然入らないっ、なんで!?」  癇癪をおこしたようにジタバタと暴れると、マオは転がったボールを取りに向かう。それからまたさっきの場所に戻ってシュートを放つが、またゴールのだいぶ手前で落下した。  俺はその様子を見守ったあと、悔しそうに唇を噛みしめるマオに近づく。 「にゃんにゃん」 「!? チアキっ」  声をかけるとマオは数センチほど跳びあがり、勢いよくこちらを振り返る。 「な、なななんでチアキがここに。っていうかにゃんにゃんって呼ぶのやめて」 「前の時間に忘れものして」 「……もしかして青のタオル?」 「うん」 「それならそこに落ちてた」  マオは窓の側まで歩いて行くと、なにかを拾うような動作をしてから戻ってくる。 「これでしょ」  その手に握られていたのはきれいに畳まれたタオルで、確かに俺が忘れたものだった。  使ってそのまま放り投げていたはずなので、これはマオが畳んでくれたのだろう。意外と几帳面なのかもしれない。 「そう。ありがとうにゃんにゃん」 「どういたしまして……って、だからにゃんにゃん言わないでってば!」 「ごめんね、にゃんにゃん」 「もうっ全然わかってないじゃん!」  顔を真っ赤にしてプリプリと腹を立てているマオがかわいくて、ついつい意地悪をしたくなってしまう。  けれどあまりからかうと嫌われそうなので、このあたりで自重することにする。 「もうお昼だけど、飯食べないの」  昼休みがはじまってすでに十分以上が経過していた。マオはまだ体操着姿なので、戻ってから着替える時間までを考えるとだいぶ短い昼休みになってしまう。 「あ……うん、もうちょっとしたら食べるから。チアキこそあんまりゆっくりしてると時間なくなるよ」  マオはきまりが悪そうに顔を背けると、ボールを持つ手に力をこめる。それから定位置に戻ってまたシュートを打ちはじめた。  しかし見事に一本も入らない。力が弱いのか圧倒的に飛距離がたりていなかった。  俺はマオが放ったボールを拾いあげるとマオの隣に立ち、構える。  それからゴールに向かって打つと、ボールはきれいなカーブを描き、小気味よい音をたててゴールの中へ落ちた。 「……っ」  隣で息をのむ気配がする。俺はコロコロと転がるボールを拾うと、それをマオの手に戻した。 「マオはもっと手首使ったらいいよ。こう、スナップを効かせるような感じで」  手本をみせるようにその場で手首の動きを再現すると、マオは戸惑ったように頷いてゴールに向きなおった。  それから確かめるように俺のマネをする。 「こう?」 「うん。それでもう一回打ってみて」  マオはこくりと頷くと緊張した面持ちでシュートを放った。  ボールはゴール直前でネットを擦るように下へ落ちたけど、さっきまでと比較すれば飛距離が格段に伸びている。 「……っ」 「だいぶ良くなった。あともうちょっとだね」 「う、うん」  興奮しているのか、頬がほんのり赤くなっている。マオは俺の言葉に慌ててボールを取りに向かうと、手首の動きを確認して再度シュートを放つ。  今度はゴールの縁にあたって跳ね返された。 「ああもうっ」  悔しそうに唇を噛みしめ恨めしそうにゴールを見るマオに苦笑して、頭を撫でる。 「にゃんにゃんは頑張りやだから、きっとすぐに入るようになるよ。まずは昼飯食べて元気だしてから練習しよう。腹が減ってると集中力もかけるし」  放っておいたら入るまで練習をし続けそうなマオに、先に昼食を取るよう促す。  俺の言葉にマオは渋々と頷いた。 「チ、チアキ」 「なに?」 「あの……練習、つきあってくれて、ありがとう」  マオはボールを胸の前に抱えこむと、モゴモゴと恥ずかしそうに口を動かす。  それからそっとこちらを窺うように顔をあげた。そうして目が合うと、弾かれたように背筋を伸ばして踵を返す。 「じゃ、じゃあねっ」  その背中が用具室へと消えるまで見送ると、俺も教室へ戻るために体育館をあとにする。  ――この日は結局、ムギのところに行く時間がなくてそのまま教室で昼飯を食べた。  ここのところ昼休みはずっとムギと一緒だったため、久しぶりに食べる一人飯はなんとなく味気なく感じた。  

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