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第6話 シズクとペアになる

   午後からは、先日提出した診断シートをもとに相性がいいと判断されたオメガと、はじめて顔を合わせることになっていた。  これで気が合えば、正式にペアとなって合同実習を一緒にうけれるらしい。  もし上手くいかない場合も、希望さえだしたらまた別の相手と顔合わせからはじめられるのだとか。  俺のようなアルファにも優しいシステムでありがたい。  指定された個室で革張りのソファに座り、そわそわと落ち着かないまま顔合わせの相手を待つ。  俺と相性がいいオメガってどんな子だろう? なにを話そうか? 仲良くなれたらいいんだけど……。  期待と不安と緊張と。あれこれ考えていると、不意にドアがノックされた。 「! どうぞ」  反射で立ちあがり、入口を向く。  どきどきしながら相手の入室を待っていると、ガチャリとドアが開き、俺の緊張は最高潮に達した。 「失礼します」  透明感のある、耳に心地いい声。あいさつをして入ってきたのは偶然にも知りあいだった。  まさか彼がこの場に現れるなんて露ほどにも思ってなかった俺は、しばし言葉を失う。  それは相手も同じだったらしく、お辞儀のあと顔をあげたその人が驚いたように目を瞠る。 「あなたは」 「シズク、先輩?」 「はい。あれ? すみません。もしかして部屋をまちがえてしまいましたか?」  淡く輝く綺麗な髪を耳にかけながらシズク先輩が戸惑ったように後ろをふり返る。  けれどそうやって部屋の番号を確認したあと、彼はさらに困惑を深めた。 「まさか、あなたが……チアキ・カリヤ様?」  瞳を揺らし動揺を隠せずにいるシズク先輩に、俺は自分がまだ自己紹介すらしていないことに気づく。 「名乗るのが遅れてしまって、すみません。一年αクラスのチアキ・カリヤです。ペアの相手ってシズク先輩だったんですね」  まちがいなく自分が今日の顔合わせの相手だと伝えると、それまで呆然とこちらを見つめていたシズク先輩の顔から血の気が引いていく。  そして突然、勢いよく頭をさげられた。 「っ私、あの、先日はあなたにベータだと……大変失礼な誤解をしていました。申し訳ありません」 「え? いえそんな。大丈夫なので、顔をあげてください」 「でも、助けていただいた方にこんな失礼をしてしまって……」  多少ショックを受けたのは事実だけど、ここまで恐縮されることでもない。  ホムラ先輩のようにわかりやすいアルファならこんな事故もおこらなかっただろうし、紛らわしい俺にも問題はある。  むしろ俺が原因か?  いや、誰が悪いとかそういう話じゃないな。これは不幸な事故だ。うん。とにかくシズク先輩はなにも悪くないし、俺も悪くない。  そういうことにしよう。  可哀想なくらい恐縮しきっているシズク先輩を安心させるため、これ以上気にする必要はないと伝えて笑いかける。  それに今回は謝罪してもらうために会ったわけじゃない。  本題に移るため、まずは自分が先にソファに座って、シズク先輩にも隣にかけるよう促した。そうするとシズク先輩も躊躇いがちに腰を落ちつける。 「それにしても、シズク先輩がペアだなんて驚きました」 「私もです」  シズク先輩は困ったように眉尻を下げると、手元に視線を落とす。 「実はあのあとからずっとチアキ様をお捜ししていたんです。けど見つからなくて。まったく見当ちがいなところを捜していたのだから、当然ですよね。それがこんなところで再会するなんて」  恐縮しきりに話すシズク先輩に、苦笑する。  そういえば去り際にまた改めてお礼に来てくれると言っていたっけ。社交辞令だと思ってすっかり忘れていた。律儀な人だ。 「改めて、あの時はありがとうございました」  シズク先輩はそう言ってまた深々と頭をさげた。  座った体勢だというのに頭から背筋までがぴんと伸びた、とてもきれいなお辞儀だ。 「ホムラ先輩はあれからも、シズク先輩に群れに入るよう言ってきてるんですか?」  この問いにシズク先輩は薄く笑みを浮かべて曖昧に頷いた。  あの様子ではすでに何度も断っているんだろうな。それでもホムラ先輩が諦めるそぶりはないということか。 「シズク先輩みたいに魅力的な方は大変なことも多そうですね」 「いえ……」 「もし助けが必要なときは言ってください。これでもアルファなので、少しくらいなら役に立てると思います」  アルファとオメガでは、体格にしても、能力面でもどうしてもオメガの方が不利になってしまう。  残念ながらそれをいいことに良からぬことを考えるアルファもいる。  そんなアルファに対抗するには別のアルファが間に入る他ない。  これまでシズク先輩が無事だったってことは、ホムラ先輩はそこまで理不尽な人ではないんだろう。けど、その状態もいつまで続くかわからない。  俺はシズク先輩に望まない関係を結んでほしくなかった。  そんな考えからの申し出だったのだけど、お節介が過ぎたのか、不審に思われたらしい。 「どうしてですか」 「え?」 「なぜ、助けてくださるんですか?」  アイスブルーの瞳が探るようにこちらを見上げてくる。そこにははっきりと警戒の色が浮かんでいた。 「私たちはつい先日初めて会ったばかりでしょう」  そう尋ねられて、俺はシズク先輩への返答を探すため考えこんだ。  手助けしたいのは望まない関係を結んでほしくないからだ。じゃあそう思った理由は?  すぐに思いつくのは正義感。だけど、シズク先輩に限ってはそれだけではないような気もした。 「なんでだろう。ああ……屋上で見たシズク先輩のことを格好いいと思ったからかもしれない」 「私が、ですか?」 「はい。ホムラ先輩のようなアルファを相手にしても、自分の意思を貫かれてましたよね」  本当はアルファが怖いはずだ。それでもシズク先輩のなかに譲れないものがあるから、ああも頑なに群れに入ることを拒んだのだろう。  俺はそんなシズク先輩のことを素直にすごいと思った。  納得してもらう回答ができたかはわからないけど、これがすべてだ。  シズク先輩を窺うと、彼は口もとに手をあてたまま戸惑ったように視線をさまよわせていた。  それからぽつりとつぶやく。 「格好いいなんて言われたのは初めてです……」 「そうなんですか? 誰も口にしないだけで、そう思っている人は多いと思いますよ」 「チアキ様は変わっていらっしゃいますね」 「うーん……。アルファっぽくないとはよく言われますが」 「そうですね」  同意されてしまった。  あまり認めたくはないことだけに少しダメージを受けたけど、シズク先輩がさっきまでと変わって穏やかな表情をしていることに気づくと、すぐにどうでもよくなる。 「白状してしまうと、私は今日どなたが相手でもペアを組むつもりがありませんでした」 「!」  唐突にきりだされた告白にシズク先輩の顔を凝視する。  誰とも、ということはもちろん俺とも組む気がないということだ。  シズク先輩とペアになれるなんて思ってたわけじゃないけど、面と向かって断言されるとやはり落ちこんでしまう。  考えてみればホムラ先輩のようなアルファでも無理だったのだから、俺が受けいれられるはずもなかったんだけど。  これでマオに、ムギ、シズク先輩と三人にフラれ続けている。よほどオメガと縁がないのだろうか。  卒業までに群れをつくることができるかそろそろ不安になってきた。  すっかり肩を落としていると、まだ話の先があったらしいシズク先輩が口を開く。 「けど……」  そこで一旦言葉をきるとシズク先輩は目を伏せ、なにかを決意するかのようにきゅっと唇を引き結んだ。 「あの、チアキ様」 「? はい」 「図々しいことは重々承知のうえでお願いなのですが、私とペアになっていただけませんか」  

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