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第12話 騒がしい朝とシズクとマオ

   βとΩはそれぞれの寮の一部屋を数人でシェアして暮らしているが、αはひとりでワンフロアを与えられている。  群れに入ったΩはαのフロアに移り住むのが基本とされているので、シズクは昨日から俺のところに移ってもらった。  と言っても、荷物は今日以降に移動させる予定だ。ひとまず必要な荷物だけ取りに行って、それ以外は業者を手配して、あとから移動させるつもりでいる。  このひと月俺以外の誰も住んでいなかった部屋が、ようやく一部屋埋まる。  学園までの道のりを歩きながらその事実を噛みしめていると、隣を歩いていたシズクが不思議そうに首を傾げた。 「チアキ様、どうかなされました?」 「い、いやなんでもないよ」  慌ててごまかすとシズクはそれ以上詮索してくることはなくて、ほっと胸を撫でおろす。 「それよりシズク、体は本当に大丈夫? 無理してない?」 「はい、平気です。チアキ様は心配性ですね」 「シズクのことだから心配にもなるよ」  頬を指の背で撫でると、シズクが擽ったそうに微笑む。  そんなやりとりをしていると騒がしかった周りが急に静かになって、俺は辺りを見回す。  目があったΩやβがぱっと視線をはずしてなにも知らない素振りを装うが、隠しきれていない。  どうやら俺がシズクと一緒に登校していることが注目を集めているらしかった。  そこかしこから難攻不落のシズク先輩が……とか、隣にいる奴はβじゃなくてαなのか……などという失礼な会話が聞こえてくる。  βみたいななりのαで悪かったな、と気を悪くしていると、俺よりも隣にいるシズクの方が腹をたてていた。 「言いたいことがあるなら、こそこそとしていないで私の前ではっきり言ってください」 「ちょっ、シズク!」 「だって感じが悪いです。チアキ様を嫌な気持ちにさせるくらいなら、私が全部ひとりで聞きます」 「ちょっと落ち着こう?」  噂話をしている相手に自ら乗りこんで行こうとするのを押し止めると、シズクがしょんぼりと落ちこむ。  普段はふんわりとして優しげなのに、こういうところは肝が据わっている。 「私のせいで騒がしくさせてしまい……すみません」 「シズクはなんにも悪くないよ。いろいろ言われるのも、シズクが群れに入ってくれたことを思えばたいしたことない」 「チアキ様……」  周りのことは気にせずにいようという結論に達して、また歩きだす。そうやって校舎を目前にしたとき、俺たちの行く手を小さな影が遮った。   「なんでチアキがシズク先輩と一緒に登校してくるの!?」  スクールバッグを片手に仁王立ちをして、なにやら憤った様子で俺とシズクを睨みつけてきたのは――マオだった。 「にゃ、にゃんにゃん?」  その勢いにどうしたのかと戸惑っていると、シズクが不思議そうな顔をこちらに向けてくる。 「にゃん……とは?」 「ああ。マオ、この子のことだよ」  目の前に立ち塞がるマオを示すと、シズクは納得したのかしてないのか「そうですか」と返してマオヘ向きなおる。 「私がチアキ様とご一緒させていただいているのは、彼の群れに入ったからですよ」 「群れって――だってチアキはβでしょ?」 「いいえ。チアキ様はαでいらっしゃいます」  声を震わせながら尋ねてくるマオに、シズクが落ち着いた声で答える。それにさっとマオの顔色が変わる。 「う、そぉ……チアキが……α?」  愕然とした様子でつぶやくマオはひどく顔色が悪く、心配になる。 「にゃんにゃん大丈夫?」  シズクから離れてマオに近づくと、マオはパッと後退して俺から距離を置く。それから泣きそうに顔を歪めると、くるりと踵を返して校舎のなかへ走っていってしまった。 「え、にゃんにゃん!? っシズク、ごめん俺」 「私はひとりで大丈夫ですよ。ではまたあとで」  シズクを振り返ると穏やかな表情で送りだしてくれて、俺は謝りながらマオを追いかける。  昇降口で靴を脱ぎ捨てると、前方に廊下を曲がるマオの姿を捉えた。  その後を追うと、こちらに気づいたマオが慌てて階段を駆けあがっていくのを目にする。多少距離はあるが追いつけないほどではない。 「にゃんにゃん待ってっ」  呼びとめたけれどその足が止まる気配はなく、俺は一段とばしで階段をのぼって慌ただしい足音を追った。なぜ逃げる必要があるのかちっともわからない。 「待てよ、マオ!」  少しずつ開いていた距離が縮まっていって、それがゼロに近づいたとき、俺はマオの肩を掴み無理やりこちら向ける。 「……ッ、はぁ……はぁ……っ」  息を乱しながら振り向いたマオは、ひどく驚いた様子で俺を凝視した。  マオのこめかみからつうっと汗が流れて、下に落ちる。汗に濡れた肌に髪が張りついていて俺はその乱れた猫毛に指を伸ばした。  前髪をよけてやると、マオの目にじわりと涙が滲んで盛りあがってくる。 「にゃ、にゃんにゃん……?」  そのままポロポロと泣きはじめるマオにひどく動揺した。 「ずるい」 「え?」 「シズク先輩ばっかりずるい……っ。ぼくだって、チアキの群れ(ハーレム)に入りたい……」  えずきながら訴えてくるマオに困惑する。  だいぶ可愛らしいことを言いながらぐずるマオはかわいい。かわいいが、先日俺の誘いをばっさりフッたのはこの可愛らしいΩ本人である。 「俺は最初ににゃんにゃんのことを群れに誘ったよ。けどにゃんにゃんが請けあってくれなかったじゃないか」  つい意地悪をしたくなってそう突っぱねると、マオが悲壮に満ちた表情になって、声もなく涙をこぼしだした。  それに、やりすぎたと慌てて宥めに入る。 「ごめん! 嘘だから、泣かないで」  マオをそっと抱きしめながら、その華奢な背中を撫でさする。  予鈴が鳴ったけどマオをこのままにするわけにもいかず、遅刻覚悟でこの場に残ることを決めた。  ぽんぽんと軽くたたきながらマオが落ち着くのを待つ。  しばらくそうやっていると、マオの手がそろそろと俺の背中に回された。 「……チアキのばか……」 「うん。ごめん」  ヒクリとしゃくりあげるマオの目もとを指で拭って、同じ場所に唇を落とす。それにピタリと泣きやんだマオが、大きな瞳をクリクリさせながらこちらを見上げてくる。 「嫌だった?」 「いや……じゃ、ないけど」  きゅっと唇を噛んで俯くマオは耳まで真っ赤になっていた。  初々しい反応に思わずにやけてしまうが、マオが俺の群れに入るなら確認しなくてはいけないことがあることに気づいて、その華奢な肩に両手を添え顔を覗きこむ。 「にゃんにゃんが俺の群れに入ってくれたら嬉しいよ。だけどそしたらもう、ホムラ先輩の群れからは抜けてもらうけど、それでもいい?」  はじめに逢ったとき、マオはホムラ先輩の群れに属していると話していた。  複数の群れに入ることはできないから、まずはホムラ先輩の群れから離れてもらわないといけない。  

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