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第19話 シズクとマオと下校
結局午後の授業は出ずにムギと過ごした。
ムギを俺の部屋まで連れていくと一緒にシャワーを浴びて、後処理をすませて。しばらくムギとくっついてごろごろしたあとで、俺だけ校舎へと戻ってムギの荷物を取りに行き、ついでにΩクラスの担任とも話をすませた。
そうして放課後。シズクと帰る約束をしていた俺は現在、校門の前に立っている。
シズクが出てきたのはすぐにわかった。シズクがいると周りが落ちつかない空気になるからだ。
逆に周囲に埋もれやすい俺は、シズクが見つけやすいように手を振って居場所をアピールしなければならない。
すぐに俺の存在に気づいたシズクが表情をやわらげると、小走りでこちらに駆けてくる。
嬉しそうに息をはずませながら傍までやってきたシズクが、今度は申し訳なさそうに眉尻を落とす。
「チアキ様お待たせしました」
そんなシズクに顔を緩ませながら首を左右に振る。
「そんなに待ってないよ。あとマオを待ちたいんだけど、時間平気?」
「はい、大丈夫です」
シズクはふたつ返事で頷くと俺の隣に並んだ。
「朝はひとりで先に行かせてごめん」
「え? ……いいえ。気になさらないでください」
俺の言葉が意外だったのか、シズクはキョトリとした顔をすると緩く首を横に振った。それから穏やかに微笑む。
「私はチアキ様に気にかけていただけるだけで幸せです」
いじらしいことを言うシズクにときめき、今度なにか埋め合わせをしようと決める。
それからシズクとしばらく話をしていると、玄関からマオの姿が現れた。マオは同じΩの友人らしい数人と楽しそうに談笑しながら俺たちがいる校門の方向へ歩いてくる。
俺はシズクに少しだけ待っていてほしいと伝えると、マオのもとへ走った。
「ちょっとごめん」
声をかけると、Ωたちの視線がパッとこちらに集中する。突然声をかけられて不審そうな顔をするΩのなかで、マオだけがひとり驚きに満ちた目で俺を見ていた。
「チ、チアキ!? なんでいるの」
Ωたちは俺がマオの知り合いだとわかると警戒が解けたのか、今度は興味深そうにこちらの様子を窺ってくる。
それを目の端で捉えながら、マオに声をかけた理由を説明した。
「一緒に帰ろうと思って待ってた」
「……え」
「これからの話もしたいから、悪いんだけど、にゃ……マオのこと連れてってもいいかな?」
一緒にいたΩたちに申し訳ない気持ちになりながらもお願いすると、Ωたちは顔を見合わせたあと「どうぞどうぞ」とマオをこちらに押し出してくれる。
「えっ。ちょっと!?」
「マオってば、ホムラ様の群れを抜けたと思ったらβの彼氏ができたんだ。もう言ってくれればいいのに」
「本当だよ。僕らのことは気にしなくていいから!」
「そうそう、じゃあまた明日話聞かせてね。バイバイ」
楽しそうに俺たちを見比べたあと、Ωたちはマオを残して去っていく。マオはその後ろ姿を信じられないといった様子で見送ったあと、恨めしそうな表情でこちらに向き直った。
「チーアーキーっ」
「ごめん。ここで待ってる分には問題ないかと思ったんだけど、まずかった? にゃんにゃんがいつ俺のところに来てくれるのか聞いてなかったから、それを話したくて」
「!」
できれば今日からでも俺のフロアに移ってきてもらいたいけど、マオの都合はどうだろうか。
「引っ越し今日でも大丈夫?」
「今日!?」
「だめ?」
動揺するマオに急ぎすぎたかと不安になり眉尻を下げると、マオはぐっと言葉を詰まらせて視線を左右にうろうろとさせる。
やはり唐突すぎたか。
「ごめん、さすがにいきなりだった。少しでもにゃんにゃんといれる時間が欲しくて。引っ越しはにゃんにゃんの都合の良いときで大丈夫だよ」
「だっ……だめじゃない、けど」
「?」
マオはなにか言いにくいことがあるのか、スラックスを握りしめながら視線を落とす。それから躊躇いがちに口を開く。
「実はぼく、まだホムラ様のフロアから引っ越しできてなくて……」
「そうなの?」
俺の問いにマオはこくりと頷く。
「今、Ωの出入りが多くてぼくも順番待ちしてる。業者は出るより入る方を優先させるから余計時間がかかってるみたい」
αのフロアにΩを移動させるときは基本αが引っ越し業者に指示をだすが、出ていくときはΩ本人が業者に頼むことが多い。ここではどうやったってαが優先されるから、恐らくそういったところで差がでているのだろう。
「じゃあにゃんにゃんの引っ越しのことは俺から業者に話しておくね。今日は必要なものだけ移動させよう」
「うん。わかった」
マオはほっとしたように笑顔をみせると俺の隣に並んだ。
「シズクの荷物も取りにいくから、三人になるけどいい?」
「シズク先輩も……?」
シズクの名前を出すとマオがどこか不安そうな表情になる。それに首を傾げて、マオの顔を覗きこむ。
「いや?」
俺の言葉に、マオは首を振って否定した。
「嫌とかじゃ、ないよ。けど……シズク先輩ばっかり見ないでね」
まさかマオの口からそんな言葉がでてくるとは思っていなくて面食らう。
けどすぐに、ホムラ先輩の群れにいるときからマオがシズクの存在を気にしていたことを思い出した。
ホムラ先輩がシズクばかりを気にかけていたことで、マオはひどく寂しい思いをしていたのだ。
そのときの様子を知っているから、俺は絶対にマオにそんな思いをさせたくないと感じた。
「うん。俺はにゃんにゃんのことが大好きだから、放っておくことの方が難しいかもしれないね」
「!」
にこりと笑いかけて手を差しだす。
「行こっか」
それに、マオは真っ赤に顔を染めてぎゅうっと唇を噛みしめると俺の手を握った。
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