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第20話 ホムラとの接触

   先に向かったのはシズクの部屋があるΩの寮だ。  シズクは部屋に着くと五分もかからずにさっと荷物をまとめ終えた。そのあまりの荷物の少なさに、思わずそれだけでいいのかと聞いてしまったほどである。 「十分です。次に行きましょうか」  あっさりと返され、続いて向かったのは三年のαが住む寮だった。マオの部屋はここのホムラ先輩のフロアにあるらしい。  しかしここで問題が発生する。  短時間で準備を終えたシズクに対し、マオはあれもこれも持っていこうとしてキャリーケースが閉まらないというまさかの展開がおきたのだ。 「マオさん。どうにかしてもう少し量を抑えられませんか?」 「ううーん……でもこの部屋着は絶対いるし、スキンケア用品はどれも欠かせないし、枕はこれじゃないと眠れないし」  あれもこれも必要で、ひとつも減らせるものがないと言いきるマオにシズクがどうしたものかと困り顔になっている。 「この腹巻きは?」 「寝冷えするから……」  腹巻きを広げながら尋ねるシズクに、マオがそれも譲れないと首を振る。  あ。これは時間かかりそう。  そう判断した俺はマオの荷物の選別はシズクに任せて、その間に他の細々した用事を片づけることにした。 「ごめん。俺ちょっと出てるから、終わったら教えて」  言い残して部屋の外に出ると、さっそく引っ越し業者へ連絡をいれる。ちなみにこの業者は大噛学園の専属で、学園内なら連絡ひとつで動いてくれる。  ツーコールで出た業者にマオの引っ越しを頼むと、なんとか明日入ってもらえることになった。  日程が決まったのでついでに三年α寮の管理人に話をしに行くことにする。  一階にある管理人室へ行き必要な手続きまで済ませて時間を確認すると、あれから十分も経過していない。いまだマオたちからの連絡がないところをみると、荷づくりはまだ途中なのだろう。  はじめはどうかと思ったけど、シズクとマオを一緒に連れてきてよかったのかもしれない。  俺では上手にマオの荷づくりを手伝える自信はない。マオも心配していたほどシズクに悪い感情があるわけではなさそうだ。  少しだけ打ち解けた二人の様子を思い出し、口もとを緩める。 「あれ」  そんなことを考えながら部屋へ戻っている途中で、俺は自動販売機をみつけた。  二台横に並んだそれは、それぞれで販売されている内容に大きくちがいがあった。ひとつはシンプルに水、お茶とコーヒーが数種類ずつのみ。もうひとつはジュースオンリーだ。  ジュースははじめて目にするものも多くあって、よくここまで揃えたものだと関心するほどだった。  ナタデココヨーグルトと飲むゼリーあたりは、自分のフロアの自販機にも入れてほしいかもしれない。なんとなくムギが好きそうだし喜びそうだと思った。  お金を投入して、試しに振って飲むゼリーを買ってみる。ソーダ味らしい。ゼリーだけど炭酸が入っているのだろうか?  説明文を読んで指定してある回数分振る。この振る回数でのどごしが変わるようだ。  プルタブを押し上げて開栓すると、炭酸独特のプシュッという音がした。  飲んでみると強くはないが確かに炭酸を感じる。普通においしい。うん、あとで頼んで俺のところにも入れてもらおう。 「……?」  長椅子に腰かけてちびちびとジュースを飲んでいると、いつの間にか先ほどの自販機の前に誰かが立っていた。  視線を向けるとばっちり目があって、俺は飲み口に唇をつけたまま固まる。  百七十半ばある俺よりも少し高めの身長。彫りが深く、男らしく整った顔立ち。  ツーブロックの髪は不造作風にセットされている。Tシャツにスウェットパンツというシンプルな格好なのに、洗練されて見えるのはそのモデルのような体型のためか。  ――ホムラ先輩。  なんで、と考えてすぐにそれを打ち消す。ここはホムラ先輩のフロアなのだから、彼がいてもなんらおかしいことはない。  むしろ俺がアウェーなのだ。しかしまさかこんな風にバッタリ遭遇するとは露ほどにも思っていなかった。 「見ない顔だな」  俺の顔をじっと見つめながらホムラ先輩がつぶやく。それから自販機を離れてこちらへ足を向けた。  彼の履く黒のスポーツサンダルが近づいてきて目の前で止まるのを認めると、俺は視線を上げる。 「Ω――じゃないな。βか?」  顎に親指を当てて首を捻るホムラ先輩に俺は乾いた笑みを浮かべる。  そのどちらでもありません。  だけどαが他のαのフロアをふらふら歩いているというのはあまり良いことではないので、否定も肯定もせずにごまかした。  そして俺はホムラ先輩と初対面ではないのだが、どうやら覚えられていないようだ。今はじめて会ったという態度に少しだけ複雑な気分になるが、そちらの方が都合は良い。 「それ」  どうやってこの場を平穏にやり過ごすか考えていると、ホムラ先輩が俺の手のなかのものに目をとめて、眉を寄せた。 「え?」 「美味いの」 「え、あ……そうですね。ハイ。おいしいです」 「ふーん」 「……」  まさかとは思うが、ホムラ先輩はこのジュースが気になっているんだろうか。 「ホムラ先輩はこれ、飲んだことあるんですか?」 「いや」  あっさりと否定され、納得する。ホムラ先輩がこういう系のジュース飲んでるところなんて全然想像できないからだ。  でもすごく見てくるから、絶対気になってるよなこの人。 「飲みかけですけど、よかったら一口飲んでみます?」  熱視線に堪えきれず問いかけると、ホムラ先輩は驚いたように目を見開いた。それからぎゅっと眉間に皺を刻む。  え? ジュースが欲しいんじゃないの? あ、もしかして俺の飲みかけが嫌なのか? それはそうだ。 「すみません言ってみただけです。先輩は他人の飲みかけなんて飲みませんよね」  ははは、と笑ってみるけどホムラ先輩の表情は依然として厳しいままだ。どうしろというんだ。  シンとして静まり返った重たい空気に堪えきれず、笑顔が引きつっていく。そうしていると、ホムラ先輩がふいに口を開いた。 「いや、もらう」 「え」  手の内にあった重みがなくなり、あ、と思ったときにはホムラ先輩は缶を煽っていた。  

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