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第21話 ホムラとゲーム
ホムラ先輩がジュースを嚥下すると、ごくりと喉仏が上下する。反らされた喉が色っぽくて、つい見つめてしまった。
「悪くないな」
一口だけ口をつけたホムラ先輩が、飲むゼリーの入った缶に視線を落としながらつぶやく。それを見てホムラ先輩は意外にもこういう飲み物が好きなのかもしれないと思った。
しかし、自分のフロアにあるジュースだというのになにか買えない事情でもあるのか。まあ、深く詮索する気はないけれど。
「俺はもういいんで、よかったらそれあげます」
「!」
ホムラ先輩はパッと俺を見ると、ほんのりと目もとを染めてどこかそわそわとした様子になる。
あれ?
「し、仕方ないからもらってやる」
平静を装いながらもあきらかに嬉しそうなホムラ先輩に、なんだかいいことをした気分になった。この人、とっつきにくそうなイメージだったけど、そうでもないのかもしれない。
「お前名前は?」
「チアキです」
「チアキか。今から俺の部屋にこい」
「え?」
急なお誘いに戸惑う。というかまさか部屋に誘われるなんてことがあると思わなかった。シズクたちからの連絡はまだないけど、そんなに時間に余裕があるわけでもない。どうしたものか。
うーんと悩んでいると、腕を掴まれる。
「グズグズするな」
迷っているうちに引っぱられて部屋まで連行されてしまう。
ホムラ先輩の部屋は、俺がいた場所からそんなに遠くないところにあった。指紋認証でロックを外したホムラ先輩が部屋のなかに俺を誘導する。
「相手をしろ」
靴を脱いで通された部屋で示されたのは、大画面のテレビとそれに繋がれたゲーム機だった。
画面では、カートに乗ったキャラクターがゆっくりと回転している。
「……」
え、ホムラ先輩もゲームするんだ。というのが俺の感想で、学園内で一番優秀なαだと褒めそやされているホムラ先輩も、男子高校生なのだなと変に感心した瞬間だった。
「そんなに長くはつきあえませんけど、それでいいならお相手しますよ」
部屋を出る前までプレイしていたのであろうそれは、俺が小さな子どもの頃からあるナンバリングタイトルの最新のもので、カートやバイクに乗って順位を競うレースゲームだ。
俺も結構やりこんだ記憶がある。
普通にコースを走るだけじゃなくて、アイテムを使って対戦相手を妨害したり、コースで近道 できる場所を探したりとなかなかハマるゲームなのだ。
懐かしいなあと思いながらコントローラーを手にした。
そして。
「っく、チアキもう一回だ。もう一回勝負しろ」
「もう。……あと一回だけですよ」
対戦してわかったことがある。ホムラ先輩はめちゃくちゃ弱かった。
基本一位かニ位の俺に対して、ホムラ先輩は十位以下で常にビリ争いをしている。勝負といっているけどあまり勝負になっていないのが現状だ。
「ホムラ先輩、アイテムちゃんと使ってますか? 順位が下がるほどいいアイテムもらえるんで、使わないともったいないですよ」
思わず頼まれてもいないアドバイスをしてしまうほど、ホムラ先輩のことが心配になる。
頭はいいんだからゲームも上手そうなものなのに、やはり得手不得手というのはあるんだな。
結局もう1レースして、そのあとはホムラ先輩の単独プレイに切り替えて俺が見つけたショートカットの場所などを教えながら特訓した。
その成果もあってか、最高七位を獲得できた。十二位中七位なので中間くらいの順位だ。ビリ争いをしていたホムラ先輩からしてみれば上出来だと思う。俺もつい熱が入ってしまった。
もう少し一緒にプレイしてもいい気分だったけど、シズクたちから連絡が入って解散することになる。
もう帰ると伝えたらホムラ先輩がごねて大変だったので、番号を交換してまた会う約束を交わした。渋々ながらも引いてくれて、ホッとする。
「ホムラ先輩もショートカット探しておいてくださいね」
「ああ」
「じゃあまた」
手を振ってドアに手をかけたところで、反対の腕を掴まれた。
「? どうかしました」
「っいや……」
「今日は楽しかったです。心配しなくてもちゃんと連絡するんで、待っててください」
「!」
ホムラ先輩が遊び相手を離したくない大型犬のように見えて苦笑すると、その髪をくしゃくしゃに撫でる。硬そうに見えた髪は意外にやわらかい。
シズクのことがあって少し構えて見ていたホムラ先輩だけど、こうやって話してみるとそんなに悪いひとじゃないのかなと思った。
ちょっとかわいいところもあるし。
さっきも言ったとおり今日は一緒にレースゲームができて楽しかったし、また遊びたいと思う。
そのあとは引きとめられるということもなく、ホムラ先輩の部屋を後にした。
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