22 / 59
第22話 シズクとムギ、寮でのひととき
ホムラ先輩の部屋を出てシズクとマオと合流すると、俺たちは一年のαの寮へと向かった。
俺のフロアに着いて、マオに空いてる部屋ならどこでも使っていいことを伝えると、さっそく俺が使っている部屋の右隣に住むことに決めたようで荷物を運びこんでいる。
ちなみに左隣はシズクが使うことになっていて、ムギの部屋はまだ決まっていない。
自室に戻り寝室に入ると、ベッドの上で文庫本を読んでいるムギが目に入った。いつものごとく本に夢中になっているようで、こちらにはまだ気づいていないようだ。
「ただいま」
ムギの側へ腰をかけて話しかけると、ようやくムギの視線がこちらに向けられる。
「おかえりなさい」
真剣だったムギの表情がふにゃりと緩む。俺はそんなムギの頬を両手で包むと上を向かせて、額に唇を押しあてた。
「ん……」
ちゅっと音をたてて唇を離すと、目を閉じたムギに口にも欲しいとせがまれる。
それに頬を緩めながら、血色のいい小さな唇に自分のものをくっつけた。ムギの唇はふんわりとしていてほんのり温かくて、何度か離したりくっつけたりを繰り返しながら弾力を楽しむ。
「チアキ」
「うん。いいよ、おいで」
蕩けた表情でくっついてくるムギを両手で受けとめると、安心した様子で額を擦りつけてくる。髪を撫でるとふにゃふにゃとした顔で幸せそうに笑うムギがかわいくて、かわいすぎて心臓が痛い。
そんな感じですっかり甘えモードのムギに癒やされた。
それから俺はムギにまたあとで来ることを伝えると、シズクの部屋へと向かう。
「お疲れさま」
部屋のなかに招き入れてもらいソファに並んで座ると、マオの荷づくりですっかり気力を使い果たしたらしいシズクに労 いの言葉をかける。
「さっきはマオのこと手伝ってくれてありがとう。シズクがいてくれて助かった」
部屋のすぐ近くにある自販機で買ったコーヒーを渡すと、シズクは宝物かなにかにでも触れるようにそれを受けとった。
「ありがとう、ございます。けれどだいぶお待たせしてしまって申し訳ありません」
「ううん全然。丁度よかったよ」
シズクには気の毒だったが、あんまり早くてもホムラ先輩が離してくれなさそうだったからあれくらいのタイミングでよかったと思う。
「? そうなのですか」
首を傾げるシズクに頷いてみせると、シズクは安堵したように肩から力を抜いた。
「頑張ってくれたシズクにご褒美をあげたいんだけど、なにか欲しいものとかして欲しいことってある?」
「え」
「なんでもいいよ」
今朝マオを追う俺を快く送りだしてくれたこととか、マオの荷づくりを手伝ってくれたこととかシズクには本当に感謝している。だから俺もシズクになにかしてあげたくて、尋ねてみた。
「褒美だなんて……私は特別なことはなにもしていませんので」
恐縮した様子で小さく縮こまると、シズクは眉尻を下げて辞退してくる。
シズクのこういう謙虚なところはとても好ましいのだけど、もっと甘えてくれていいのになとも思う。
「ご褒美、いらない?」
「……っ」
微笑みながら本当にいいのかと再度問うと、シズクは小さく唇を噛んで頬を染める。
「遠慮しなくていいよ。シズクのお願い聞きたい」
「本当に……?」
「うん」
本当に言っていいのかと迷うシズクの背を押すように肯定すると、それならとシズクがポツポツと要望を言葉にしだす。
「そしたら、手を……」
「手?」
聞き返すと、こくりと頷く。
「チアキ様と手を繋ぎたいです」
「……」
「あの、先ほどチアキ様がマオさんと手を繋いでいるのを見て……羨ましくて」
そう恥ずかしそうに口にして、シズクは口を噤む。
俺は、シズクのこのお願いに雷にでも打たれたようなショックを受けた。ささやかすぎるというかなんというか、可愛らしいお願いをするシズクがかわいすぎて堪らない。
どうしよう。ちょっとかわいすぎてどうしたらいいかわからない。
「やっぱり……だめで、しょうか?」
驚きのあまり固まっていると、それを悪い方にとってしまったらしいシズクがしょんぼりとしてしまい、俺は慌てて否定する。
「いや全然構わないけど! そんなことでいいの?」
そんなの頼まれなくたっていつだってするのにと思いながらシズクの手を取ると、シズクが嬉しそうに口もとを緩め、そっと手を握り返してくる。
「……っ」
か、かわいい。
正直、こんなかわいい人が俺のΩだなんて夢なんじゃないだろうかと思ってしまうくらいかわいい。俺のΩはシズクもムギもマオも本当にかわいい。
「シズク」
「? はい」
「俺の群れに入ってくれて、ありがとう。大好きだよ」
どうしてもお礼が言いたくなって素直な気持ちを伝えると、シズクはぱちりと瞬きをしてこちらをじっと見つめてきた。それから頬を赤らめて瞳を潤ませると、困ったように睫毛を伏せる。
「私も、チアキ様のことをとてもお慕いしています……」
大好きです、と続けられてその言葉に幸せが押し寄せてくる。
それから、俺たちはしばらくのあいだ無言で手を繋ぎあっていた。
ともだちにシェアしよう!