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第23話 ホムラの立腹
うっかりしていたとしか言いようがない。
ホムラ・レンジョウ。
着信履歴に表示された名前と、その着信数を見て冷や汗を流す。
「うわあ……まいったな。どうしよう」
連絡するから待っているよう伝えたのが一昨日の話。昨日はシズクとマオの引っ越しのことで頭がいっぱいで、ホムラ先輩のことがころりと頭から抜け落ちていた。
その結果がコレだ。
これはもう素直に謝るほかない。まずはかけ直そう。
やってしまったと思いながらこわごわと着信履歴からホムラ先輩に連絡をする。ワンコール目が鳴って、ツーコール目が聴こえる前に繋がった。
『……』
「もしもし。ホムラ先輩?」
『チアキお前……連絡するって言ってたよな?』
無言の相手に恐る恐る問いかけると、ドスの利いた声が返ってきて言葉を失う。とんでもなく怒っている様子が電話ごしにも伝わってきて目眩がした。
「すみません。ちょっとバタバタしてて、遅くなりました」
『今どこにいる』
「え?」
『お前が、今、どこにいるのかを聞いてるんだよ』
いつ連絡するとは言っていなかったけれどこの怒りようから予想すると、恐らくホムラ先輩は俺からの連絡をずっと待っていてくれたのだろう。そう察すると、良心が痛んだ。
教室から電話をかけていた俺は席を立ち、廊下へ出る。
さすがにここではまずい。ホムラ先輩に今から屋上に向かうからそこで落ち合おうと伝えると通話を終える。
αは三年が一階、二年が二階、一年が三階に教室があるため、当然ながら一年が一番屋上に近い。先に待ち合わせの場所に着いた俺は、出入口近くの壁によりかかってホムラ先輩の到着を待った。
それから遅れること数分。ドアが開いて、ホムラ先輩が現れた。
彼は他のαと比べても圧倒的な存在感を持っている。華があるというのか。先日見た部屋着姿もモデルのような雰囲気があったけれど、今着ている大噛学園のかっちりとした制服姿も、彼のために誂えられたのではないかと思うほどよく着こなしている。
目が合うと、ホムラ先輩は鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。かと思うと早足で近づいてきて俺の腕をとり、壁へ押しつける。
「……っ」
「どういうことだ」
「ホ、ホムラ先輩? ちょっと落ち着いてください」
勢いに押されながらも憤るホムラ先輩を宥めようとして、失敗した。俺の声はまったく届いていないようだ。
「まさかとは思うがこの俺を忘れていた、なんてことはないよな? 弁明があるなら聞いてやる。言え」
そう言われても本当に忘れていたの一言なので、弁明もなにもない。
気不味い思いで黙りこくる俺に、ホムラ先輩は口もとを引き攣らせた。まさか、俺が本当にホムラ先輩のことを忘れていたとは思っていなかったらしい。
「本気で、忘れていたのか?」
「……すみません」
確認されて申し訳なく思いながら謝罪すると、ホムラ先輩はひどくショックを受けた様子で「嘘だろ」とつぶやいた。
もしかして、今までこういう経験がなかったのだろうか? そう思ってしまうほどホムラ先輩は動揺していた。
いや、でも相手はホムラ先輩だ、あり得なくはない。この人はなによりも優先されて生きていそうである。
そんな彼にはじめて粗相をしたのが俺だとすると、笑えない。自分の行動を反省しながらうなだれる。
「ホムラ先輩のことを軽くみていたわけじゃ全然なかったんですけど……忙しくて。その、本当にすみませんでした」
極悪人にでもなった気分で謝罪すると、愕然としていたホムラ先輩が気をとり直したようにこちらを見下ろしてきた。
「放課後、俺につきあうなら許してやる」
それから少し不貞腐れたような顔でそう言われる。
「放課後ですね。わかりました」
「! や、約束だからな」
「はい」
それくらいのことなら安いものだと頷くと、念押しされ、それにも頷くとホムラ先輩の機嫌がぐっとよくなるのがわかった。それにホッと安堵する。
「言っておくが、俺にこんな無礼な真似をするのはお前くらいだぞ」
「はは……」
やはりか、と予想が当たってしまったことに乾いた笑いが洩れた。そんな俺をホムラ先輩がじっと見つめてくる。
「お前は」
「?」
一旦言葉を切って、ホムラ先輩がなんとも言えない表情になる。
「あたりまえのように俺のフロアにいたくせに、俺の群れの一員じゃなかったのか」
「………」
「調べても、俺の群れにはβにもΩにもチアキなんて名前はいなかった」
ホムラ先輩のフロアで会ったあのとき、ホムラ先輩は俺のことを群れの一員だと思っていたのか。
群れに所属するΩのことを全員把握している俺からすると考えられないことだけど、ホムラ先輩ほど大きな規模の群れであれば、無理もないのかもしれない。
まあ、まったく関係のない人間が自分のフロアでひとりで寛いでいるとは思わないしな。
「そうですね。俺はホムラ先輩の群れには入っていません。あのときは用事があってたまたまあの場にいました」
そもそもβでもΩでもないのだけど。
しかしαだとも言い出しにくい。そんなホムラ先輩を騙しているような状況に、なんだか罪悪感がわいてくる。
これからも関わるのなら、後ろめたいことがあってもちゃんと説明した方がいいのかもしれない。それで切れるような縁ならそこまでということだ。
そんなことを考えていると、ホムラ先輩がなにかを決意したように引き締められる。
「――じゃあ。今からでも俺の群れに入る気はないか」
まさかの、群れへの誘いだった。
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